――オマーン戦の2-1。後半44分に決勝ゴールをあげました。中央でのアウェー試合で勝つことのむずかしさを改めて感じましたね。
賀川:今度のオマーン戦は、本田圭祐という大黒柱の驚くほどの不調にもかかわらず、アウェー戦を勝ち切った。奪った2ゴールもそれぞれ現在の代表が目指しているサイドからペナルティエリアへ食い込んでくるという手法だった。ザッケローニ監督が不調の本田を最後までピッチに残したことを含めて、選手起用についてもまずは成功したことになる。そうした監督と選手の総合力による第5戦の勝利は、代表の進化の証と言える。
――ブラジル戦の後、次の本田には期待が深まったと賀川さんは言ってましたね
賀川:本田のような負けず嫌いな選手はブラジル戦である程度日本も攻めたのにノーゴール。本田自身も4本のシュートチャンスで得点できなかった。おそらく自分が得点しなければ…と強く感じたはずで、オマーン戦でその本田のゴールを目指すプレーを見たいと思っていたのです。
――ところがはじまってみたら、まるで動きがなく、パスを受けても簡単に奪われてしまうありさまでした。
賀川:冬のモスクワから33~35度という灼熱のオマーンへきて、気候順応の期間がなければ試合できるコンディションにはならないでしょう。そのことは少しは予想していた。試合の2日前からザッケローニ監督が「暑さ」のことを再三口にしていたようだったが、キックオフの直後しばらくして、本田の動きを見て、監督の「暑さ」の意味が分かった気がした。
――大黒柱がダメということ
賀川:日本代表チームは、南アジア、西アジアでのアウェーで暑さとの戦いに何十年もの経験を積んでいる。たとえば、第5回、第6回のアジア大会(1966、1970年)では12月の日本から酷暑のバンコクでの大会に出かけている。したがって高温への順応のやり方はJFAの医科学委員会にも蓄積があるはずだが…
――なにしろモスクワは1度か零度、東京や大阪の真冬よりまだ寒いところです
賀川:当然、本田のハンデは予想されるはずだった。だから影響はあると考えていてもあまりに動けないので、ひょっとするとどこか体に異変があったのかとも疑ったくらいです。
――モスクワへもどって試合に出ていますからね、他の故障はなかったのでしょう
賀川:ということは全く気温変化の影響ということになりそうです。
――アジアでの戦いの過酷さが実際にあらわれましたね。もちろんそれに対する準備が十分だったかどうかは別にして。
賀川:試合が始まって、しばらく本田がほとんどボールを持てない(相手のマークも厳しい)ことがわかって、ザックさんは交代させるのかな、いや交代させないで押し返すのか…と考えましたよ。監督は本田をタイムアップまでピッチに残しましたね。
――批判的な意見もあったが
賀川:今のチーム構成で、本田の大切さをザックさんは示したのでしょう。長谷部や遠藤たちもそれを当然のように受け入れてプレーしていたね。
――試合そのものは前半の早いうちに攻め込まれて、右スローインからノーマークのシュート場面がありました。全くのフリーシュート。冷や汗ものだった。10番をつけたドゥールビーンのシュートがバーを高く超えた時に、そらまたサイドキックだと言っていましたね
賀川:あの角度のボールを右足サイドキックで蹴るときにはよほどうまくかぶせないと大抵ボールはあがるのですよ。日本の多くのシューター、いやヨーロッパの上のクラスでも犯しやすいミスです。
◆特筆・長友、今野の働きと清武のゴール
――日本の1点目は長友からでした
賀川:今野から相手バックラインの裏へフワリとボールをあげて落下させ、長友が走りこんでペナルティエリア内左いっぱいでトラップしてゴールラインまでドリブル。相手の追走を受けながら中へクロスを入れた。そのクロスボールが内側にいた12番のマハイジリの足に当たってゴール正面にころがり、走りこんできた清武が左足シュートでGKハブシの右を抜いた。
――今野がハーフウェイラインから持ち上がって岡崎や前田に当て、相手DFラインが前に出てくる背後のスペースへ送るというやり方はその前にもありました。今後の今野の浮き球のパスは長友の飛び出しにピシャリと合った
賀川:後方から上がって落下するボールを長友は右肩の前に当ててうまくコントロールし、奪いに来る相手を縦に外してクロスを出したのです。長友はこの気温のなかでも疾走を繰り返していた。すごい選手ですよ。彼の左足で蹴ったボールは当たり損ねのようで、スピードが緩かった。それがあるいは幸いしたのかもしれない。マハイジリはクリアできず、彼の足に当たったボールは足の間を通ってゴール正面へ転がった。相手には想定外だっただろう。
――前田が中央へ走りこみ、それにDFがついて行った空白地帯に転がったボールに清武が右から入ってきて左足で蹴りました。彼の代表初得点となった
賀川:清武は後半にもシュートチャンスをつかんだ。しっかり蹴れなかったのが残念だったが、まず前半に大切な仕事をしてくれた。岡崎を左、清武を右に置き、トップ下に本田という第2列は岡崎、清武が積極的な動きで攻撃を作った。右DFの酒井宏樹もはじめのうちは固くなっていたのかミスがあったが、しばらくして本調子になっていた。
――岡崎がゴールへ意欲満々で、シュートも前半半ばまでで3本あった。
賀川:しばらく代表に出ていなかった。彼のタフなプレー、タフな神経が長友とともにこの日の左からの攻撃を生むことになり、今野のキープとパスを引き出していたと言える。今野の攻撃力は先のフランス戦でのカウンターで世界に見せつけました。このオマーンのアウェー戦でも落ち着いてしっかりした攻守のプレーを続けた。
――もう一人のCDF吉田麻也の調子がいまひとつでした
賀川:イングランドでのリーグの疲れと、気温変化でしょう。彼にはつらい試合だったが…
――リードした後、相手のヘディングシュートが左ポストに当たってあわや同点かと
賀川:左からのクロスに15番のアジミがジャンプヘディングを取った。スローで見ると、ポストに当たった後で川島の手が伸びているから、もしもう少し内側だったら防げないで1-1となったでしょう。(この時にアジミが故障してピッチから退くことになった)
◆ザック監督工夫の交代
――後半に入ってもオマーンの勢いは衰えなかった
賀川:なにしろスタンドの熱気がバックアップしているからね。日本は19分に前田の交代に左DFの酒井高徳を送り込んだ。長友を左MFにあげ、清武をトップ下に岡崎を右に移した。
――本田を交代させるかと思った人もいたはずですが
賀川:監督はワントップのポジションなら走らなくてもいいから、本田のボールを受ける強さが生きると考えたのだろう。また彼が前方にいることで、オマーンの守りもここに気を使うことになる効果も考えたのかもしれない。
――16分と20分に清武のシュートチャンスが生まれたのは、そのポジション変更の効果ですかね
賀川:チャンスは2つとも左の長友からです。酒井高徳と長友と左サイドに突破できる選手が2人いることで攻撃が厚くなり、清武はせっかくのチャンスにボールを強く蹴れなかったのは惜しいが…
――日本も攻める、それを防いでオマーンも攻める。途中でボールを奪えば互いにチャンスになるといった攻防が続いて後半32分にオマーンがFKから同点にした。
賀川:長友が深く食い込んだ後、短いパスを奪われ、そこからオマーンがカウンターに出た。ボールが中央に回ってきて、ペナルティエリア外、20メートルのところで吉田が相手の9番マクバリを倒してFKを取られた。
――ゴールまで20メートルのエリア外、中央からやや左よりの地点だった。12番のマハイジリが低く蹴り、ジャンプした壁の下を通ってボール右へ入った
賀川:エリア内にいた相手FWに視線を遮られて川島はコースを注視できなかったかもしれない。
――1-1となってスタンドは沸き立ち、オマーン側は元気100倍というところ。
◆トップ下遠藤の読みと、岡崎の執念
賀川:まさに正念場となった。36分に一つ大ピンチがあったが、川島が飛び出して防いだ。1点を失った後も彼の守りは崩れなかったね。このピンチの後、相手のCKが続いたが、そのひとつを本田がヘディングでクリアした。そして39分にザック監督は清武に代えて細貝を入れた。
――清武はがんばっていたが
賀川:監督は細貝を入れて守りを固めるだけでなく、ボランチの遠藤を清武の後のトップ下へあげた。
――このポジション変更が決勝ゴールにつながるわけ?
賀川:そう。43分のゴールは酒井高徳が左タッチ際でドリブルし、ひとつフェイクを入れて相手を縦に抜いてペナルティエリア外のゴールライン近くから速いクロスを送った。遠藤がニアに飛び込んでオマーンDFの前でライナーのボールを左足アウトに当てて方向を変えたボールはゴール前、相手GKハブシと2人のオマーンDFの間を通る。そこへ岡崎が飛び込んで、左足のソール(シューズの裏)でボールをゴールに押し込んだ。
――遠藤はニアを狙っていた?
賀川:得点経路は酒井高徳のクロス、ニアで遠藤のタッチ、ファーサイドでそれを岡崎が押し込むという形だった。前半の1点は長友のクロスがゴール正面に転がったのを清武が決めたが、今度は同じ左からでもゴールラインと平行の速い球にニアで遠藤、ファーに岡崎が入って決めた。
スローで見ると、そのしばらく前からの左サイドの攻めに対し、遠藤はパスを出す側ではなくコースを狙う役柄を選んでいたようだ。もちろんトップの本田との位置をにらみあわせてのことだが、酒井高徳のクロスに対してためらくことなくニアへ走りこんだ。その前に彼は岡崎の位置を知っていて、ファーへ来ると読んでいたのでしょう。
――試合後のコメントで岡崎は遠藤さんがボールをそらしてくれると思っていたとあります
賀川:最後のところで、「あ・うん」の攻めができるようになっている。そのことをまず喜びたいし、悪条件のなかで勝ち点3を取ることをあきらめなかった代表全員に経緯を表したいね。
――本田にはつらい日だったはずですが、本人を含めて、全員でそれに耐えた。そして日本チームらしいゴールの取り方ができたことで、まず及第点ですね
賀川:シュートが向上、あるいはシュートチャンスに思い切ってシュートをする(パスをするとか、もう一つ持つのではなく)という課題はまだまだ続きますが…