しばらくお休みとなっていた賀川サッカーサロンを下記の日程で再開します。
今回のテーマは天皇杯!!
これまで無冠のヴィッセル神戸があともう一歩までやってきました。
元日の結果次第で喜びのレベルに違いがあるかもしれませんが、賀川さんも大阪クラブ時代に準優勝の経験がある天皇杯、きっと賀川さんから加納治五郎先生の話もありますよ。
【日時、会場など】
日時:令和2年1月18日(土) 14:00~15:30
会場:中央図書館図書館2号館4階 研究室
※事前申し込みは不要です。
お知らせ
4月以降、図書館の都合でお休みになっていました「賀川サッカーサロン」の開催日が以下の日程に決まりました。
久々の開催となることから、賀川さんのこれまでサッカー人生をご紹介しながら、参加者の皆様と活発なサッカー談義ができればと思います。
日時:8月10日(土) 14:00~15:50
会場:中央図書館2号館4階 研究室
事前の申し込みは不要ですので、直接会場へお越しください。
※30分前に開場の予定です。
今月のサッカーサロンは以下の日程で開催します。
テーマは、AFCアジアカップ2019の予定です。
事前申し込みは不要ですので、直接会場へお越しください。
※日程など
日時:1月26日(土) 14:00~15:30
会場:中央図書館2号館4階 研究室
神戸市立中央図書館で、毎月定例の賀川サッカーサロンを下記の日程で開催します。
テーマは、ワールドカップ後に監督が交代、選手も若返った日本代表です。キリンチャレンジカップ(対コスタリカ戦)や森保新監督について賀川さんの楽しいお話を伺います。
※開催日程など
日時:9月22日(土)14:00-15:30
会場:中央図書館2号館4階研究室
事前の申し込みは不要です。直接会場へお越しください。
※29日(土)は、ヴィッセル神戸のホームゲームが開催されるため、1週間早い開催となります。
サンケイスポーツに記事を掲載していただきました。
賀川浩氏、史上最年長W杯取材断念「負けたら、どの国でも日本よりも厳しく批判されます」
http://www.sanspo.com/soccer/news/20180612/jpn18061214030023-n1.html
4月21日、28日はヴィッセル神戸のホームゲームが行われることや、こどもの読書週間行事開催(28日)のため、4月の賀川サッカーサロンはお休みにします。
ご了承くださいますようお願いいたします。
なお、5月の開催は26日(土)の予定です。
http://www.kobekagawabunko.jp/archives/287
中央図書館で毎月開催している賀川サッカーサロンについて、今月は次の日程で行います。
テーマは、Jリーグで初めてハイブリット芝の採用を行うなどのノエビアスタジアムの改修について、神戸市(図書館職員)からお話しをさせていただきます。
☆日程など
日時:3月24日(土) 14:00から15:30まで
会場:神戸市中央図書館2号館4階 研究室
※最終土曜日ではありませんので、ご注意ください。
11月25日(土)、神戸市立中央図書館で定例の賀川サッカーサロンを開催します。
今回のテーマは、今月になって行われた日本代表の国際親善試合(対ブラジル戦、対ベルギー戦)です。
皆様の参加をお待ちしています。
日時:11月25日(土) 14:00~15:30
会場:中央図書館2号館4階 研究室
事前申込みは不要です。直接会場へお越しください。
http://www.kobekagawabunko.jp/
神戸市立中央図書館で、下記の通り定例の賀川サッカーサロンを開催します。
今回のテーマは、キリンチャレンジカップ(対ニュージーランド戦、対ハイチ戦)と、浦和レッズのACL決勝進出です。
事前申し込みは不要です。直接会場にお越しください。
日時:10月28日 午後2時から
会場:神戸市立中央図書館2号館4階研究室
http://www.kobekagawabunko.jp/archives/218
Number Webに「このくにのサッカー」について記事を掲載いただきました。
9月30日(土)、神戸市立中央図書館で定例の賀川サッカーサロンを開催します。
今回のテーマは、「ロシアへの道」で来年のワールドカップロシア大会の出場を決めた、日本代表の戦いを振り返ります。
申し込みは必要ありません。直接会場へお越しください。
※日時、会場
日時:9月30日(土) 14時から
会場:神戸市立中央図書館2号館4階研究室
http://www.kobekagawabunko.jp/
8月26日(土)、神戸市立中央図書館で賀川サッカーサロンを開催します。
今回は、浦和レッズが優勝して10年目となることから、ACL(AFCチャンピオンズリーグ)の歴史などを話題にする予定です。
事前の申し込みは不要です。直接に会場にお越しください。
※開催時間、会場
時間:午後2時から3時30分
会場:中央図書館2号館4階研究室
7月29日(土)、午後2時から神戸市立中央図書館で賀川サッカーサロンを開催します。
今回は、Jリーグワールドチャレンジ、ルーカス・ポドルスキやハーフナー・マイクのヴィッセル神戸への加入など、ヨーロッパのチームや選手を話題にします。
事前申し込みは不要です。
http://www.kobekagawabunko.jp/archives/183
賀川浩観戦記「ロシアへの道」に記事が掲載されました。
http://www.sanspo.com/soccer/news/20170614/jpn17061410000008-n1.html
5月27日に中央図書館で「賀川サッカーサロン」を開催します。
今月のテーマは、このたび賀川さんが出版された『このくにのサッカー 賀川浩対談集』についてです。
賀川さんのこの本への想いを語っていただきます。
時間:午後2時から
会場:中央図書館2号館4階研究室
※事前の申込みは不要です。
http://www.kobekagawabunko.jp/archives/157
日本サッカーを築きあげてきた人たちにサッカーの現在と未来を語っていただこうと、一昨年からとりかかっていた対談集「このくにのサッカー」が出版の運びとなりました。
引っ越しなどが重なり、当初の予定より大変遅くなってしまい申し訳ありません。
対談に付き合っていただいた皆さんをはじめ、たくさんの人たちの支援で出来上がったもので、サッカー好きの人たちに読んでいただきたいものです。
故人となった岡野俊一郎さんをはじめ、川淵三郎といった日本サッカーの柱であった人、岡田武史さん、"得点王"釜本邦茂さん、女子の世界一の澤穂希さん、佐々木則夫さんたち日本代表の功労者。セルジオ越後さん、黒田和生さん、加藤寛さんという育成のオーソリティにも加わっていただきました。
サッカーショップ加茂の加茂建さんやカメラの岸本健さん、フットサル興隆の主である櫻井嘉人さんとも対談を行いました。照明の大家、石井幹子さんに登場願ったのは父君の竹内悌三さんを思い起こし、1936年ベルリン・オリンピックの逆転劇の歴史に今のサッカー好きの目を向けてもらおうと考えたからでもあります。
この対談集が形になるためには、仕事仲間の本多克己さんの力がなくてはならなかったのは従来と全く同じです。そしていつも応援して下さる神戸賀川サッカー文庫の仲間をはじめ、学校や神戸FCの皆様には今度もお世話になりました。改めて感謝を申し上げます。
また、今回はクラウドファンディングで多くの皆さんからご支援をいただいたことにもお礼を申し上げなければなりません。
出版社の苦楽堂の石井伸介社長の本づくりにかける熱意と見識には改めて感服させられました。長年、活字の世界で過ごしながら、今回改めて「本づくり」の難しさと楽しさを味わうことができたのは、石井さんのおかげでした。
皆さん、ありがとうございました。
「このくにのサッカー」はこちらからご購入いただけます。
書店では、5月17日以降にお求めいただけます。
神戸に引っ越しました。図書館もこれまでよりも近くなりました。
賀川サッカー文庫の仲間の皆様の厚意でベッドや机も入り、テレビも持ち込んでサッカーの試合も見ることができます。
少年時代に住んでいたのが神戸市葺合区熊内橋でした。私が軍隊に入っている間に空襲で焼けてしまった、かつての家があった神戸に90歳をこえて住むことになったのもありがたいことです。
昨年11月に芦屋からいったん大阪の柏原市に移り、神戸に戻ってきたので、短い期間の住所変更にともなう、いろいろな手続きをすることになり、そのたびに役所通いをしています。
住むところが決まって、ここ神戸での生活が何年続けられるかということになります。昨年12月29日の誕生日で満92歳になりました。これからもサッカーを観戦し、スポーツを語り、スポーツを書くことを続けられればとてもありがたいことと思っています。
3月25日(土)に神戸市立中央図書館で賀川サッカーサロンを開催します。
今回のテーマは、ワールドカップ最終予選対UAE(アラブ首長国連邦)戦の予定です。
申し込みは不要ですので直接会場へお越しください。
時間:13時30分から
会場:中央図書館2号館4階研究室
神戸賀川サッカー文庫
今月の賀川サッカーサロンは2月25日(土)午後1時30分に開催します。
今回のテーマは「岡野俊一郎さんの思い出と日本サッカー協会100年」にです。
申込みは不要ですので、当日は神戸市立中央図書館2号館4階研究室へお越しください。
今月の賀川サッカーサロンは1月28日(土)13時30分に開催します。
今回のテーマは「天皇杯決勝戦」、「高校サッカー(男女)」、「ワールドカップの出場チーム拡大」についてです。
申込みは不要ですので、当日は神戸市立中央図書館2号館4階研究室へお越しください。
http://www.kobekagawabunko.jp/archives/89
芦屋の朝日ケ丘から、大阪の柏原というところに引っ越しました。
ここではこれまでと違い、規則正しい生活で自分の健康維持、老化防止につとめるつもりです。
つきましては、今後の連絡は私の携帯か、株式会社シックス(0797-78-6123)までお願いいたします。転居の際の皆様への通知や連絡が遅れて、誠に申し訳ありませんでしたが、よろしくお願いいたします。
12月29日で92歳になりますが、書く意欲も、サッカーをはじめスポーツへの興味はまだまだ衰えていません。大倉山の神戸市立中央図書館の神戸賀川サッカー文庫には、とりあえず火・土の週2回顔を出し、部屋の片隅にいて、来訪者のお相手をさせていただきます。いずれはその回数も増やせれば、とても幸いなことですが、もちろんサッカーの試合の取材でスタジアムへも出かけるつもりです。
FIFA会長賞を頂戴した以上、もう少しサッカーの勉強をしたいと念じています。よろしくお願いします。
韓国のメディアの金容植氏についての記事のなかで、賀川浩のコメントが掲載されました。https://storyfunding.daum.net/episode/14306
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本日(6月7日)の読売新聞に
91歳の夢 ネット寄付で
としてクラウドファンディングについての記事が掲載されました。
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昨夏に放映いただいたドキュメンタリーの再放送が決定しました。
読売テレビにて、5月16日(月)午前3時から30分間です。
「90歳のサッカー記者 日韓 歴史の宿命」
(初回放送:2015年7月5日)
http://www.ytv.co.jp/program-weekly/
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神戸賀川サッカー文庫が設置されている神戸市中央図書館において、講演会を開催いたします。
内容:「日独サッカー交流の始まり」
日時:平成28年4月9日(土曜)15時から17時
会場:中央図書館2号館3階 閲覧室(2)
デットマール・クラマーと日独サッカー交流展@神戸(神戸市サイト)
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ユース選抜フットサルトーナメント(主催 :一般財団法人日本フットサル連盟、共催 :特定非営利活動法人サロン2002)の得点王に「賀川浩賞」が授与されることになりました。
3月20日(日)は墨田区総合体育館で取材を行い、プレゼンターとして表彰式に参加します。
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「神戸賀川サッカー文庫」が開設されて2周年となるのに合わせて、日本サッカーミュージアムで開催中の「デットマール・クラマーと日独サッカー交流展」から展示品の一部を借受け、中央図書館で展示を行います。
また、故クラマー氏と親交のあった賀川浩による日本とドイツのサッカー交流に関する講演会も合わせて開催いたします。
デットマール・クラマーと日独サッカー交流展@神戸(神戸市サイト)
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賀川浩対談集「このくにのサッカー」につきましては、皆さまからのご支援をいただき、クラウドファンディングでの支援が目標額に達しました。誠にありがとうございます。
ご支援いただきました皆様には、メッセージカードなど順次リターンをお送りさせていただきます。
対談はウェブサイトで公開し、年内に書籍として出版予定です。
まずは目標達成のお礼を申し上げるとともに、今後ともよろしくお願いいたします。
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賀川浩の対談集企画「このくにのサッカー」ではクラウドファンディングにて支援を募集中です。
募集締め切りが2月23日(火)午後11:00となっておりますので、引き続きのご支援のほど、お願いいたします。
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賀川浩の番組出演についてお知らせいたします。
ミャンマーとのサッカーの交流について賀川が語ります。
NHKBS1スペシャル
「アジア再発見の旅! ミャンマー ~知られざる交流の物語~」
2016年2月13日(土)よる11時~ NHKBS1にて放送
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2014年ブラジルのワールドカップに優勝したドイツ代表のドキュメント映画「ディーマンシャフト」を見せてもらった。マンシャフトはドイツ語の「チーム」だから定冠詞ディー(die)をつけて、英語のザ・チーム、つまり“特定”のドイツ代表を指すことになるのだろう。
90分の内容は、ヨーロッパの予選を勝ち抜いた後、ヨアヒム・レーヴ監督と3人のコーチ、ハンス・ディーター・フリック(アシスタント)、アンドレアス・ケプケ(GKコーチ)、オリバー・ビアホフ(一般実務)と23人の代表選手たちが6月に南チロルでの合宿に入り、6月7日にドイツを出発し、6月8日にブラジルでのベース地カンポバイアに入るところから、グループ・リーグG組の3試合、さらにはノックアウトステージに入ってからの1回戦(対アルジェリア2-1)、準々決勝(対フランス1-0)、準決勝(対ブラジル7-1)、決勝(対アルゼンチン1-0)と、6月16日から7月13日の彼らの優勝までの7試合のすべてを、その一日一日を追いながら、試合会場への旅、練習やミーティング、食事など、日常の生活を克明に、ユーモアも交えて描き出している。ゴルフの賭けに負けたトーマス・ミュラーがウェイトレスの服装になるというシーンもある。
もともと、ドイツ代表チームはワールドカップやヨーロッパ選手権などの大会に代表を送り込むときの準備の周到さ、チームをベストの環境に置いて試合をさせるというDFB(ドイツサッカー協会)の事前の手腕については、古くから知られていた。私は1980年代、ユップ・デアヴァル監督の頃に、その一端を知った。イタリアでの大会に、ドイツから自分たちが乗りなれている代表のバスを持ち込み、コック(確かハンス・ダムカーという名だった)が同行して、宿泊先の土地のホテルの料理人と協議して食事のメニューを作っていた。今では日本でも常識になっているこうしたチームの環境づくりへの配慮は先進ヨーロッパでもまだ珍しかった。当時ドイツはすでに一歩先を行っていたということだろう。
2014年大会は私たち日本のファンには、ヨーロッパで日本人選手がプレーするようになり、アジアのトップとして、代表にいささか自負を持ち始めた時に、1次リーグでコートジボワールに逆転負けし、ギリシャと分け(0-0)、コロンビアに完敗(1-4)して、改めて世界との差を知った。その打撃の大きさから、他の国々への目配りも、いささか薄れ、ドイツの優勝についても、本来はデットマール・クラマーを始めとする日本の師匠格でもあった国の優勝にも、あまり強い関心が生まれた気配もなかった。もちろん、ドイツサッカー好きもたくさんいるのだが、ここしばらくのスペイン流、バルサ流への傾倒から、ドイツが4度目のタイトルを取り、ワールドカップの大会ごとに常に上位を争う代表を送り込んでくること、そしてブンデス・リーガそのもののレベルの高いことなども知りながら、やや遠い感じであったから、2014年の優勝も、初戦のポルトガル戦や、準決勝のブラジル戦などの大勝でなんとなく、“苦労無し”での世界一のように感じていた節もある。
このドキュメントは、ドイツ代表のひとつひとつの試合をありのままに描き、選手の試合での感情なども、正確に映し出している。優勝までの試合のそれぞれが、まさに頂上を目指す大切な一歩一歩で、その厳しさを勝ち抜くことの難しさを見せている。準々決勝での苦戦のあと、メディアの問いに選手が“つっけんどん”に答えを返すところなどは、誠に面白い。
私にとっては、昨年のFIFA会長賞の受賞のセレモニーに出席したとき、監督賞を手にしたレーヴ監督の長いスピーチのほとんどが選手や協力してくれた周囲への感謝であったのを思い出し、代表が多くの人の支えの上に立っているだけに選手も監督も謙虚であるべきというレーヴ監督の哲学への理解が深まった。
今年のAFCアジア選手権がU-23(23歳以下)のリオデジャネイロオリンピック、アジア予選を兼ね、日本のU-23代表は五輪予選を突破しただけでなく、決勝で韓国を破ってU-23のアジアナンバーワンとなった。テレビを始めとするメディアの大報道で日本全国も喜ばせてもらったが、選手たちのがんばり、監督さんの好采配などの多くの要因が語られるなかで、誰もが認めたのは選手たちのコンディションの良さであった。23人全員の一致団結というテーマは2014年のドイツも同じではあるが、アジアを制したU-23代表が、どの強国と戦っても、相手が疲れ、足をつり、といった状態でも、より以上に走り切った体力、走力と、それと維持したコンディションづくりの成功を感じたハズである。日本のこうしたコンディションづくり、選手のための環境づくりの成功は、長年にわたってのこの面での研究と実践の積み重ねのたまものだろう。その手本がドイツのやり方にあることも皆さんご承知のことだろう。
その先進ドイツの代表選手が戦うための環境づくりと、選手たち自身の試合に備える準備と覚悟を見ることのできるこの「ディーマンシャフト」は、歳をとり、いささか物事への意欲の衰え始めた私でも、とても大きな刺激になった。
この原稿を書くためにディーマンシャフトを見るのは当然だが、書くためだけでなくあまりに面白いので、もう一度、見たことを申し上げておきたい。
ラストのところで1954年の決勝ハンガリー戦でのヘルムート・ラーン(白ユニフォーム)の決勝ゴールに始まり、74年対オランダ戦のゲルト・ミュラー後ろへのトラッピングと反転シュート、90年の対アルゼンチンのPKゴール。そして、この大会の対アルゼンチンのゲッツェのゴールが映し出される。54年の相手にプスカシュがいた、74年には相手にクライフがいた、90年にはマラドーナ、2014年にはメッシがいた。いずれも世界最高と称されるスターがいる国を相手に世界一になるドイツ代表の宿命的な強さと言えるだろう。まさに「ディー・マンシャフト」(ザ・チーム)である。そして私自身、54年の彼らの最初の優勝のときからずーっとスポーツ記者であった幸いを感謝することになった。
『ディーマンシャフト』は2016年2月11日開幕のヨコハマ・フットボール映画祭で上映されます。
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2月1日のサロン2002の集まりに私の「おしゃべり」の時間をいただきありがとうございました。U-23代表の素晴らしい勝利が新春早々からテレビのサッカーの観戦が重なって、楽しいけれど忙しくて、サッカーを反すうする時間がなかったこともあって「このくにのサッカー」という演題からいささかはずれたお話になったかもしれません。
それでも「このくにのサッカー」という対談集の企画の一端をお話しさせていただいたことは誠に有難いことでした。
日本のサッカーの今日をつくるのに力を尽くした方々、また今をつくっている人たちが、これからの日本サッカーにどんな夢を持っておられるのかを私の対談で紹介してゆきたいと考えて、その企画のための経費をクラウドファンディングの形で募ることにいたしました。皆さんのおかげで、相当な金額が集まりましたが、まだ予定達成には至っていません。すでに応援して下さった方々にも、お知り合いに声をかけていただき、ご協力賜ればとても助かります。
お願いを兼ねて、楽しい2月1日のお礼を申し上げます。くれぐれもよろしく。
サロンの皆様の2016年が楽しいものでありますように。 賀川浩
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賀川浩も所属するNPO「サロン2002」の月例会で、賀川が講演することが決定しました。
以下はサロン2002からの案内ですが、メンバー以外も気軽に参加いただけるようになっています。
多くの皆様と「このくにのサッカー」を語ることができればと思います。
【日 時】2016年2月1日(月)19:00~20:30 終了後、同じ会場で懇親会を行います。
【会 場】フットボールサロン4-4-2
東京都墨田区江東橋4-16-5 SKビルB1
http://4-4-2salon.jimdo.com/ TEL:03-5600-9177
総武本線「錦糸町」南口下車徒歩数分
【テーマ】このくにのサッカー
【演 者】賀川 浩(スポーツライター)
【概 要】
現役最年長スポーツライターの賀川浩さんが、プレーヤー、監督、経営者、メディア関係者などと語りあい、サッカーのいまを知り、未来を眺める対談集の企画を進めており、ウェブサイトでの発信と書籍出版を目標に、その費用をクラウドファンディングで募集しています。このプロジェクト「このくにのサッカー」について賀川浩さんに語っていただきます。
以下は賀川浩さんの趣意書より引用。
このくにのサッカーを語りあい、つたえていきたい 賀川浩
1873年、英国海軍のダグラス少佐によってフットボールが日本に伝わって以来、140余年を経て、日本サッカーはアジアのサッカー強国となり、FIFA加盟209か国の中でも国内試合の運営や、ワールドカップをはじめとする国際大会の成功などで高い評価を受けています。
そうした今日の日本サッカーを築くために力を盡してきた先人たちについて、私は月刊グランで「このくにとサッカー」という連載で2000年6月号から書き続けていますが、新しく「このくにのサッカー」という日本と世界のサッカーの現在と未来を語る対談を企画しました。プレーヤー、監督、サッカークラブの経営者あるいはJFA(日本サッカー協会)の運営にかかわる人たち、メディア関係者、サッカー関連の企業の皆さんなどのさまざまな体験や見識を聞かせていただき、話し合いたい。サッカーの楽しさ、時には苦しさも語りつつ、いまを知り、未来を眺めたいと考えています。
日本と世界が生んだすばらしいサッカー人との対談企画を成功させるために、多くの皆さんのご協力をいただきたいと心から願っています。
プロジェクト公式サイト
http://konokuni.soccer/
クラウドファンディングページ
https://readyfor.jp/projects/konokuninosoccer
【参加申込】サロン2002のHPからお申し込みください。参加費1,000円です。
終了後、そのまま懇親会を開きます。どうぞこちらにもご参加ください。(会費3,000円の予定です)
サロン2002
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2015年12月29日で満91歳になりました。多くの方々からお祝いの言葉をいただき、ありがとうございます。昨年12月にFIFAから知らせを受け、1月12日にバロンドールの授賞式でのFIFA会長賞受賞という「事件」があり、その後、急に有名人になって忙しい日々を送るはめになり、仲間の皆さんにも大変ご迷惑をおかけいたしました。
サッカー界もいろいろ楽しい試合があり、12月にはバルセロナのサッカーが日本で見られるというとてもすばらしい締めくくりでありました。
3年目となった神戸市立中央図書館での神戸賀川サッカー文庫に訪れてくださる人とたちとのサッカー談義を重ねていて、11月から毎月1回図書館内での「賀川サロン」もスタートしました。
91歳になって、「このくにのサッカー」という新しい仕事も始めようとしています。「年寄りの冷や水」と言われそうですが、どういうわけか生の試合を見ても、テレビ観戦でも、時に新しい発見があるのが不思議なようでもあり、うれしくもあります。まあ考えてみれば、それだけ、もとが幼稚であるのかもしれません。
とりあえず、元気でいます。
今後ともよろしくお願いします。
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ニュース共有サイトNewsPicsに「日本ラグビー 未来への提言」としてラグビー日本代表GM、岩渕健輔氏との対談が掲載されます。
https://newspicks.com/news/1317286?ref=series
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長い間の記者生活の間に多くの記事を書き、多くの皆さんに読んでいただき、とても有難く思っています。90歳をこえましたが、もう少し試合を追い、人の話を伝える仕事も続けたいと願っています。このたび、いまの日本のサッカーをつくっておられる人たちのお話をうかがい、現状の意見や、未来の夢や構想について対談形式で紹介してゆきたいと考えました。
新しい対談企画には、多少の経費もともないますので、クラウドファンディングという形で資金を集めさせていただき、対談のひとつひとつをウェブサイトに掲載し、15人ほどまとまれば本として出版を計画しています。すでに出版社の苦楽堂さんとの打合せも済み、クラウドファンディングはスタートしました。早速ご厚意を寄せていただいたむきもあり、感謝にたえません。
この歳になって、仕事をさせていただく上に、いささか厚かましい話ではありますが、何卒よろしくお願いいたします。
対談などは今後こちらのサイトに掲載いたします。
このくにのサッカー
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12月23日にJFAハウスで講演を行うことになりました。
日本サッカーミュージアム 日独サッカー交流展トークショー 「日本サッカーの今〜ドイツがもたらしたもの」
出演
賀川 浩 (サッカージャーナリスト)
祖母井 秀隆 (京都サンガF.C.育成・普及アドバイザー)
奥寺 康彦 (元日本代表選手)
高原 直泰 (元日本代表選手)
木崎 伸也 (サッカージャーナリスト) 他
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11月28日のユーハイム・スポーツフォーラム2015で賀川浩が講演いたします。
受付 13:00~13:30
開会挨拶 13:30~13:40
基調講演 13:40~14:40
「サッカーの興隆」 (講師 賀川浩)
会場 兵庫医療大学
参加費 無料
詳細・申込みは、以下のサイトからご確認ください。
ユーハイム・スポーツフォーラム2015
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9月26日に神戸市立中央図書館にてトークイベントを開催することになりましたので、ご案内いたします。
以下は主催者からの案内です。
神戸市は日本のサッカー発祥地のひとつであり、女子サッカーについても全国に先駆け ゲームが行われた都市。今年の女子サッカーワールドカップでも INAC神戸に所属する選手が活躍しました。 澤選手とも親交があり、女子サッカーにも深く関わってこられた賀川浩氏に、女子サッカーの歴史や観戦ポイントのほか、女子ワールドカップを振返って語っていただきます。 また、聞き手にはNHK神戸放送局「ニュース KOBE 発」キャスターの田代純氏をお招きしました。
◆開催日時・会場
日 時:平成 27 年 9 月 26 日(土) 15:00~17:00
会 場:神戸市立中央図書館 2 号館 3 階 閲覧室(2)
◆定員・申込み
定 員:80名(先着順に事前受付け)
申込み:参加申込書(切取り線の下)に記入して、市立図書館窓口へお出しください。
※FAX での申込みも受付けます。 078-371-5046 まで
◆主催等
協 力:神戸市立中央図書館 (問合せは、利用サービス課まで 078-371-3351)
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このたび、第6回スポーツ学会大賞を受賞することになりました。
学会からの案内を以下に転載いたします。
第6回スポーツ学会大賞のご案内
スポーツ学会事務局よりお知らせです。
9月7日(月)に第6回スポーツ学会大賞記念講演会(第100回スポーツを語る会)を開催いたします。
本年の大賞受賞者は現役最年長サッカーライターの賀川浩氏。90歳を迎えた今もなお、現役サッカーライターとして活躍。戦後70年、特攻隊だった賀川氏が歩むサッカー人生を語っていただきます。
講師:賀川 浩 氏(サッカーライター)
演題:「サッカーの興隆」
日時:2015年 9月7日(月) 19:00〜(開場18:30)
会場:筑波大学 東京キャンパス文京校舎 1階 134講義室
東京都文京区大塚3-29-1
東京メトロ丸ノ内線 茗荷谷駅「出口1」より徒歩約2分
参加費:資料代として1,000円(会員と学生は無料)
※事前申込は不要です。当日受付にて記名お願い致します。
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「90歳のサッカー記者-日韓 歴史の宿命-」
7月5日にNNNドキュメントとして放送されることになりました。
しっかりと手間と時間をかけて制作された、骨太の番組になっているはずです。こうご期待。
http://www.ntv.co.jp/document/
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――久米宏さんとのラジオ番組に出演したのですね。対談が面白かったという声が届いています
賀川:前からの約束で6月20日に東京のTBSのラジオスタジオへ出かけて話しました。久米さんと言えばテレビでもラジオでも先進的な人で、サッカーもお好きだと聞いていたので…
――この日は神戸でヴィッセル神戸対浦和レッズの試合があり、浦和の優勝が決まることも予想されたのに、あえて東上したのも、そういうことでしたか
賀川:ヴィッセルの戦いぶりは別にしても、レッズの皆さんには、おめでとうと言いたかった。特にキャプテンの阿部勇樹選手には、長いサッカー人生での勲章の一つですから、ぜひお祝いを言いたかった。
――彼はジェフ市原(千葉)から浦和へ来ましたね
賀川:ジェフのオシム監督が、若い彼をキャプテンに指名したということもあって、そのころインタビューした。それ以来ずっと気になっていたプレーヤーの一人でした。
――賀川さんの阿部勇樹論を聞きたいものですが、ここでは久米さんのラジオに話を戻しましょう。
賀川:まぁ、直接声はかけられなくて悪かったけど、このブログ上でとりあえずおめでとうと阿部選手に申し上げておきましょう。岡田武史の代表チームの作戦変更でワールドカップ南アフリカ大会の1次リーグ突破、16強入りも立派な実績だが、今度の浦和の無敗優勝もすばらしいことでした。
――久米さんは74年ワールドカップのオランダ-ウルグアイ戦の話と先の日本-シンガポール戦をダブらせて話されたとか?
賀川:そう、74年のワールドカップでヨハン・クライフとその仲間のオランダチームを初めて見た時のことを、ワールドカップの旅に書き、それを昨年8月末に出版した。「90歳の昔話ではない 古今東西サッカークロニクル」という私の著書に収録してあるのです。「1人退場になったウルグアイが守りを固め、ゴールキーパーのマズルケビッチの好守もあって、オランダは攻めながらなかなかゴールを奪えなかった。その状態を打開するためにオランダはシュートのタイミングを遅らせ始めた。マズルケビッチの緊張持続の時間が長くなり(それまでシュートを待って止めていたのに)レンセンブリンクのボールに飛び出し、ボールが中央のレップに渡って、レップがゴールに蹴りこんだ」という話なのです。
――シュートのタイミングをずらせてマズルケビッチの好守を破った74年のオランダの話と、シンガポール戦のゴールキーパーの好守をダブらせたわけ
賀川:そのオランダの話をアシスタントの女性に語る久米さんを見て、本当にサッカーが好きなんだな、サッカーを語ることが好きなんだなと思いました。もちろん著者としてはまさに記者冥利に尽きるとはこのことですが…
――賀川さんの話も、これまでの放送よりテンポが速くていいという人もいました
賀川:テレビやラジオに慣れたこともあるでしょうし、生放送で30分と決まっていたこともあったのでしょう。こんなに色々語って時間通り行くのか、とこちらも心配しましたが、楽しい語り合いは、キチンと時間内に終わりました。もちろん、これ以外にいくらでも語りたいこともありましたが。こちらにもっとしゃべりたくなるように仕向けるところが、さすがに久米さん。テレビやラジオが手の内に入っているのだなぁと思いました。自分がプレーヤーだったときには、試合の最中に、今日は良い試合だぞと楽しく思いながらプレーできたこともありましたが、まさにそういう30分でしたね。
――賀川さんはタイミングを遅らせることを「ずらせる」とよく言いますが、そのずらせる話の展開はどうなりました
賀川:たしか「タイミングを遅らせるのはむずかしいものですが」と久米さんが言っていたので、日本のサッカーは速攻好きで、その土壌の中から育ってくるプレーヤーはずらせるのはなかなかむずかしいんですよと言いました。
――川本泰三さんの話まで行くとそれだけで30分になってしまいますからね
賀川:生番組ですから、知らない人の名前が出て、それが1936年ベルリン・オリンピックの…と言う説明を入れ出すといつもの賀川節になっていますから、さすがに自重しました。ついているGKをかわすシュートの話に変えたのです。
――ついているゴールキーパーとなればオリンピックでブラジル代表に1-0で勝った川口や92年EUROで優勝したデンマークのGKピーター・シュマイケルの話が出てきても不思議はない?
賀川:そういう余分な話を切り捨てて久米さんの問いに答えることに気を付けていました。原稿だって800文字と決めたら、どんどん切り捨てないといけませんからね。
出演させてもらい、おしゃべりしただけでなく、とても勉強になった東京行きでした。
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6月8日(月)から日経新聞夕刊の「こころの玉手箱」に賀川の記事が掲載されています。
ぜひご覧下さい。
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リオネル・メッシのプレーと半生を描いたドキュメンタリー映画「メッシ」を見た。彼の少年期から共にプレーした仲間や、プロでプレーしているチームメイトなどの話を交えながらこれまでのプレーを映像で見せてくれる。
語る人もヨハン・クライフをはじめとする超一流や、小学生のころの友人など幅広い層の彼を知るサッカー好きだから、とても楽しい。
2時間たっぷりのメッシの映像とトークから、このサッカーの天才のすばらしさ、その人柄を知ることができる。メッシと同時代にいてサッカーを楽しめる幸福を改めて感じる作品だろう。
2時間という、サッカーでいえば90分の後の延長を含めてのこの番組を作った人も、これを見る人も、まず折り紙つきのサッカー好きといえるだろう。
【お知らせ】 「メッシ」は神戸フットボール映画祭で上映されます。
https://www.facebook.com/kobefff
https://twitter.com/kobefff
http://risingg2001.wix.com/kobefff
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NHKラジオ『ラジオ深夜便』の「明日へのことば」の
4月11日(土)午前4時台と
5月9日(土)午前4時台
に賀川が出演します。
フィールドを見つめ伝えて
90歳のサッカ―ジャーナリスト 賀川 浩
聞き手:田代アナ(神戸)
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3月20日(日)22:00放送のWOWOW「宮本恒靖、遠藤保仁・賀川浩とクラシコを語る」に賀川浩が出演します。
無料放送となっていますので、ぜひご覧ください。
※当初22日と記載しておりましたが、20日の誤りでした。お詫びして訂正いたします。
無料放送!バルサvsレアル直前SP
宮本恒靖、遠藤保仁・賀川浩とクラシコを語る
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2015年1月11日から15日までのチューリヒゆきの短い旅を90歳の冬の旅として書いている。往路の途中に書きはじめたが、さすがにチューリヒでの行事の間には時間がなく、2本目以降は帰路の途中や空港で、それも原稿用紙でなく、小さなメモ用紙に記し、それを本多さんがPCに打ち込んでくれている。
この稿は帰路のドバイ〜関空の機内で、一眠りしたあと書きはじめた。目を覚ましてすぐ、というわけでなかったのは、例によって座席前のカメラの航路図、インドの南部を経て、ミャンマーを通り、中国南部を飛ぶことを知って、窓を小さく開け(睡眠中の旅客を邪魔しないように)大地をながめていたからだった。往路と違って雲がなく、インドや中国の大地を高空から見たのは、それこそ90年の人生で初めて。すっかり興奮したものだ。
さて、11日、FIFA会長秘書のブラウン氏とともに、指定のスケジュールに従い、コングレスホール(Kongresshaus)でのリハーサルやビデオ撮りなどをこなし、夜はカイ・サワベさん、根本いづみさんたちとにぎやかに食事をして、ホテルでベッドについた。Baur au Lacはチューリヒ湖畔にある格式のあるホテル。久しぶりでヨーロッパの気分を思い出し、味わう滞在となった。
1月12日の式典の当日は午前中に時間があるので、FCチューリヒのクラブ事務所を訪問することになる。私にはスイスのクラブと言えば、グラスホッパーの名が親しい。1936年のベルリンオリンピック代表が大会後にここで試合し、初のナイター、照明下の試合を経験した。1964年の日本代表は欧州での試合のしめくくりで戦い快勝。現地の新聞は日本代表の方が現代的なサッカーをしたと讃辞、長沼健監督以下、チーム全員が東京オリンピックへの自身を深めた。
FCチューリヒの事務所はスタジアムとは別に市内にあって、ガラス張りの明るく広い部屋でゆったりと仕事をしていた。人口の少ないこの地で2万人の観客が来るというからたいしたものだ。スイスリーグは世界各国から選手が来るようになってレベルアップ。欧州のトップクラブを目指す若者たちにはここでいいプレーを見せることが将来を開く道になる。スイス代表はワールドカップでもなかなかのものだが、その基盤となるリーグの各クラブもしっかりしているのだろう。クラブの歴史を記した一冊を賀川文庫へ頂戴したが、その立派なこと。JFAの出した75周年史に匹敵する大きさと重さで、ここでも歴史を重んじるヨーロッパを見た。
12時すぎからHOME OF FIFAでブラッター会長にお目にかかる。会長応接室で待つ間に4人にもブラウン氏にも緊張が漂ったが、部屋に入ってきたブラッターさんは昔からの気さくな調子。
「ミスターカガワに会長賞を贈ることが出来るのは、とても光栄なことだ」
と言われると、「まことに有り難いこと」と言うほかない。
私がブラッター会長に初めて会ったのは、1979年の第2回ワールドユース大会が日本で開催されたとき。この人がFIFA職員で、大会の責任者として来日したからだ。その古い話に及ぶと、例によって驚くべき記憶力を発揮し、この大会を仕掛けた電通の担当者の名前までひっぱりだしていた。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、授賞式で会いましょうと別れ、HOME OF FIFAを見学。ホテルで休息の後、いよいよ本番のコングレスハウスへ。
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2015年1月14日14時、私と本多さんはドバイへ向かうエミレーツ航空機に搭乗している。いま、アナウンスがあって、機は離陸の体勢に入った。すぐに離陸し脚が引っ込んだ音がした。5時間15分の飛行がはじまった。
ともかくも式に出席し、FIFAのブラッター会長と面談の時間を持ち、クラマーにも会った。旅の日程をこなして、あとはこの機がドバイ空港へ運んでくれるだけだとちょっと安心する。そしてチューリヒに着いてからの11~12日の忙しさを振り返る。
チューリヒ空港に着くと出迎えが待っていた。空港の担当者の人たち、ひとりは日本の女性でスイスに長年住んでおられるとか。一般客とは別の出口から入国検査などもすませると、大きなスーツケースはすでに別の係の人が受け取ってくれていた。2人の係員に見送られて外に出ると、今回の旅に付き添ってくれるシャペロンのエドワード・ブラウンさんが待っていた。本多さんとは何度もメールでやり取りをしていたが、顔を合わせるのはもちろん初めて。ブラッター会長の秘書のひとりだという。
案内されたホテルは、ボーオーラック(Baur au Lac)。フランス語でLACは湖だから、チューリヒ湖のそばにある高級ホテル。バロンドールの候補プレーヤーたちは同宿ではなく、どうやらFIFAの理事さんたちが泊まっているらしい。
まず、それまでメールでやり取りしたスケジュールの再確認。この日は会長との面談はなく、次の日に。午後4時から当日のショーのリハーサルと、式で私を紹介するビデオの撮影をするという。本多さんが送信しておいた何枚かの写真、19歳のマラドーナと1979年に写したもの、ヨハン・クライフにインタビューした時に撮ったものなどを盛り込んだ、賀川浩紹介ビデオというのだろう。
式場となるコングレスハウスでの私のリハーサルは、私の名が呼ばれ、壇上へ上がり、会長からのトロフィーを受ける仕草をして、そのトロフィーを置いて、用意したスピーチをし、舞台から降りる。その階段はわずか5段くらいだが、照明の関係で高さがわからず、杖をついてゆっくり上がり降りする。スピーチは日本語で考え、友人の英国人ベン・メイブリー(オックスフォード大卒)に英訳してもらったが、思いのほか長いので、ごく簡単にした。リハーサルの1回目でトチって、2回目が終わると、ディレクターが拍手してくれて、あとは当日ということになった。
夜は日本からやってきた根本いづみさん、ドイツからやってきたカイ・サワベさんとの夕食会とした。根本さんはかつて私のところで、秘書兼物書き修行をしてくれ、今は古くからの友人の小林澄生さんのフロムワンにいる。2人が当日会場に入るのは難しそうだったが、ブラウン氏のかけ合いでOKとなった。
チューリヒに来た。式のリハーサルもした。お礼のコメントもJFAにもFIFAにも既に送って見てもらい、OKとなっている。あとは私がちゃんと1分半ほどのスピーチをこなし、階段を踏み外さないようにするだけとなった。
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数々の不朽の名作を残したフランツ・シューベルトが歌曲集「冬の旅」をつくったのが、28歳の若さだった。彼はその後、10年ほどで若い一生を終えてしまった。その冬の旅のタイトルを勝手に使わせてもらうのはいささか申し訳ないが、こちらの冬の旅は、まさに人生の冬の時期にかかっている我が身のことを言いたかっただけのこと。それにしても、戦中派の私たちには神戸一中から神戸商大予科(現神戸大学)に入ったころは音楽映画の新作・旧作が三宮の映画館で上映され、私たちは「ベートーベンの生活」や「シューベルト」などを見て涙したものだった。
感受性の強い十代後半の若者たちは、耳の聞こえなくなった偉大な音楽家については岩波新書で熟読したが、シューベルトの映画は質屋に金を借りにきたシューベルトの顔が現れるところから、未完成交響曲の未完の章とともに、「わが生涯に悔ゆることなし」の字幕に続けて、しばらく仲間たちも涙が止まらなかったことを覚えている。
私の周辺の仲間たちには気を使わせることになった。神戸市中央図書館の賀川文庫の仲間は言う。
1)FIFAの授賞式だから、もちろん参加費用はFIFA持ちですね (その通り)
2)これまでのバロンドールの授賞式を見ると、受賞者はタキシードを来ていた。賀川さんは衣装を持っているのですか。
服装については、とりあえず一番最近につくった英國屋製がある。ただし、つくったころに比べると細くなった(特にお尻の肉が落ちてしまった)体にはパンツがダブついて見える。そんな話をたまたま根本いづみさんにしたら、彼女から神戸FCの喜田さんに伝わった。喜田さんはパーティで、まるで「吉本」とサッカー仲間で言われているが、本来はテーラーで「それなら私に任せろ」ときた。日がないからと飛んできて、寸法合わせをしたついでに、この服もいいが、もう少し黒っぽいので賀川さんと同じサイズのがありますよ、という。喜田さんはぼくよりも大きいサイズのはずだが、そこは本職で出発直前にお祖父さんが来ていたオーバーも着てくださいと――昔作ったカシミアのオーバーの袖が痛んだままなので、それも借用となり、とりあえず衣装の準備はテーラー喜田のおかげで完了。ネクタイは芦屋市サッカー協会、体育協会会長の西田俊一さんのお見立てのプレゼントをそのまま着用することにした。
出発前日の自宅での衣装合わせはプロフェッショナル喜田さんのOKで終了した。
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みなさまのおかげで、無事にバロンドール授賞式会場で、FIFA会長賞を受賞することができました。
当日のスピーチの原稿です。
FIFA President Mr. Blatter, ladies and gentlemen.
I am very proud to be able to attend this wonderful ceremony for the FIFA Ballon d’Or.
It is simply the greatest honour to be presented with the prestigious FIFA Presidential Award.
In 1979, Mr. Blatter was part of the FIFA organising committee at the second FIFA World Youth Championship in Japan, where 19-year-old Diego Maradona played.
Unfortunately, my English has not made any progress since that tournament, so I was a little bit hesitant about actually coming to the ceremony today. But my young friends in Japan were very encouraging and said I must come – if only to meet Manuel Neuer, Cristiano Ronaldo, and Lionel Messi. They told me not to forget to bring them back some autographs.
Thank you very much.
ARIGATO
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Mr. Blatter, ladies and gentlemen.
I am very proud to be able to attend this wonderful annual ceremony for the FIFA Ballon d’Or.
It is simply the greatest honour to be presented with the prestigious FIFA Presidential Award.
It came as a great surprise to me when I received the message from Mr. Blatter last December informing me about this prize.
I have been writing for the past 62 years as a journalist for sports – and above all football. I have covered ten different World Cups in person, from the 1974 Finals in West Germany to the Brazil World Cup last year, and my articles have filled many pages in newspapers and magazines. But although I am somewhat proud of their volume and contents, the truth is that everything I have ever written has been for a Japanese audience, and in the Japanese language. My work has not been read around the world. And so compared to some of the globally renowned football journalists I have befriended over my career, I am little more than a local writer for Japan.
When I received the message, I wondered why FIFA would seek to honour a single journalist from the Far East with the Presidential Award. I came to the conclusion that Mr. Blatter must have recognised the media’s contribution to Japanese football’s rapid growth over the past few years, and decided to offer the prize to me as the oldest surviving member of the Japanese football press.
Japanese football actually has a long history, with the JFA in existence for 94 years since its foundation in 1921. During this time, many excellent journalists have gone before me, and various television pundits have served as pioneers for our sport. There were several other fine writers in my generation, and even today, I have friends who continue to travel to the World Cup Finals beyond the age of 80.
To these friends, and to the ever-increasing ranks of younger journalists in the Japanese media, I would like to stress that my receiving this great honour as the oldest football journalist in Japan shows how much importance FIFA places in the media.
In 1979, Mr. Blatter was part of the FIFA organising committee at the second FIFA World Youth Championship in Japan, where a 19-year-old Diego Maradona played a starring role. I remember that there was no French interpreter at the press conferences for the FIFA President, João Havelange. So Mr. Blatter would translate his French into English, which I then translated into Japanese for the local journalists. Ever since, Mr. Blatter has always been very favourable towards Japanese football, and I would like to express to him my deep gratitude for his longstanding support.
Unfortunately, my English has not made any progress since that tournament, so I was a little bit hesitant about actually coming to the ceremony today. But my young colleagues in Japan were very encouraging and said I must come – if only to meet Manuel Neuer, Cristiano Ronaldo, and Lionel Messi. They told me not to forget to bring them back some autographs.
Thank you very much.
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ブラッター会長、ご列席の皆さま。
バロンドールの表彰という、年に一度のFIFAのすばらしいセレモニーに出席できて光栄に思います。
またFIFA会長賞というとても大きな賞を頂くことはこの上ない名誉です。
昨年12月にブラッター会長からメールが届いたときには本当に驚きました。
私は62年間ジャーナリストとしてスポーツとりわけサッカーのレポートを書きつづけてきました。74年以来、2014年ブラジル大会までの10回取材をしたワールドカップについても、新聞や雑誌で多くのページを使いました。その量と内容には多少の自負もありますが、すべてが日本語の文章で日本文の記事でした。したがって世界中で読まれることもなく、私の友人の世界的なフットボールジャーナリストにくらべると、日本というローカルの記者にすぎません。
そうした極東の一記者がFIFA会長賞を受けてよいのだろうかと、しばらく考えました。そして日本サッカーが近年に急速に成長したこと、その成長についてメディアが多少の役割を果たし、そのメディアのなかでの最年長者として会長は私を表彰して下さるのだと思うようになりました。
日本のサッカーには長い歴史があり、JFAには1921年から94年の流れもあります。その歴史のなかに優れた記者の先輩やテレビでのサッカー開拓者もおられます。私と同世代にも立派な記者がいただけでなく80歳をこえてなおワールドカップを取材している仲間もいます。
そうした仲間、さらにはどんどんあらわあれてくるメディアの後輩たち、つまりは日本のフットボールジャーナリストの最年長者としてこの受賞の名誉をうけることで、FIFAがメディアを大切なものと考えていることを伝えたいと思います。
会長は1979年第2回ワールドユース日本開催、ディエゴ・マラドーナが19歳で活躍した大会に、FIFAの担当者として大会の運営にあたられました。そのときアベランジェ会長の記者会見でフランス語の通訳に適任がなく、会長のフランス語をブラッターさんが英語に訳し、その英語を私が日本語で記者たちに伝えたこともありました。そのとき以来、ブラッター会長は日本サッカーに対して常に好意的であり、バックアップして下さることをいつも感謝しています。
私の英語はそのとき以来進歩していないので、今日の授賞式参列もいささかちゅうちょしたのですが、私の若い仲間たちから、ノイアーやロナウドやメッシに会えるだけでもいいじゃないか、大スターたちのサインをもらうことを忘れないで、と励まされ送り出されました。
ありがとうございます。
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ドバイを出たエミレーツ航空EK89便チューリヒ行きのエアバス機は快調に北東に向かっていた。席の前にあるモニターで航路を見ると、トルコの上あたりらしい。さすがに、イランの上空は飛ばないのだと思わぬところでイスラム国騒動を思い出した。
11時45分(ローカルタイム)の表示がある画面の中に、ザルツブルグの名もあった。オーストリアだから、すぐ隣はスイス、もうすぐ到着だなと思う。
2015年、90歳になって14日目の私は、いま「冬の旅」の2日目にいるが、外国旅行といえば、サッカーの試合を見ることが目的であったため、国際大会の日程にあわせた6〜7月が多いのだが、今回は珍しくも真冬の旅となった。1月12日スイスのチューリヒで開催されるFIFAのバロンドール授賞式の時に、FIFA会長賞を贈るからぜひ出席を、という通知をもらい、そのための冬のヨーロッパの旅となった。
なにしろ、若い50〜60歳代とちがって、体は脊柱管狭窄症にはじまり、目も耳もすっかり能力が衰えている。そんな90歳の旅は若い仲間の本多克己さんの同行がなくてはできないし、またFIFAとのスケジュールなどのやりとりで、JFAの国際部・コミュニケーション部をはじめとして、直接間接にとても多くの人の手助けなしには出発できなかった。
1月10日の夜、関空発のエミレーツでまず大阪を発ち、ドバイで乗り換えて、今チューリヒに向かいつつある。ワールドカップの旅を1974年から書きはじめ、ヨーロッパ選手権の旅を1980年から。それぞれのサッカーマガジンの連載は読者に楽しんでいただくとともに、自らの楽しみでもあった。今度の旅は試合を見るのではなく、表彰式という異質のピッチへの出場だから、どういうふうになるのか、私自身も読めていない。
とりあえず、皆様のバックアップと厚意に感謝しながら、これからの旅に入ってゆきたいと思っているところ。さて、どうなることやら。
画面は、ザルツブルグを右に、チューリヒに向かう飛行機の画が映し出されていた。
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2015年明けましておめでとうございます。
老齢を理由にここしばらく賀状交換を怠っていますが、あいかわらず多くの皆さまから年賀状を頂き恐縮の限り。このブログで、おめでとうを申し上げることにさせて頂きます。
昨年暮に「FIFA会長賞を贈るので1月12日のバロンドール表彰のときに来てほしい」というメールが届きびっくり仰天しましたが、その賞にも多くの皆さんからお祝いの言葉が届けられました。
JFA大仁邦彌会長から立派な花束を頂き、小倉純二名誉会長から心のこもったメールを頂戴しました。デットマール・クラマーからもドイツの友人を通じてお祝いの言葉が伝わってきました。台湾でコーチをつづけている黒田和生先生からも台湾らしいデザインの年賀状が届き会長賞への賛辞も添えられていました。
おひとりおひとりにお礼を申し上げるべきところですが、年賀状と受賞のお祝いの言葉を頂いたことに、心からのお礼を申し上げます。
年が明けて5日目、90歳になって8日目、長生きをしているおかげで、こういう喜びもあるのだとつくづく感じています。
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――90歳のお誕生日おめでとうございます。
賀川:とうとう90歳になりましたよ。
――ことし1年は特に忙しかったでしょう
賀川:4月末に私の図書資料を神戸市の大倉山にある神戸市中央図書館の一室に置いて、神戸賀川サッカー文庫を開設しました。6月にはブラジルワールドカップにも出かけました。9月には東邦出版社から著作を出版してもらいました。
――「90歳の昔話ではない 古今東西サッカークロニクル」という題でしたね。89歳、つまり90歳近くになって、ブラジルへゆき、図書館で賀川文庫を開設したことで、関西ではどの新聞でも賀川さんのことを取り上げ、大きく報道しました。ワールドカップ取材では、現地でFIFAのインタビューを受け、FIFAドットコムで多くの人に読まれ、評判になりましたね。そのニュースを受けて、帰国後もテレビなどのインタビューも多かったし、トークイベントなどにも出たから、ずいぶん忙しかったでしょう。
12月になって、FIFAの会長賞受賞というすごい賞の話も出ました。
賀川:そうですね。89歳から90歳への1年はちょっと人騒がせな1年だったかもしれません。しかしワールドカップ取材は1974年以来、私が続けてきたこと。(2010年は体調不良で行けなかった)です。また賀川文庫の開設は、70歳頃からの計画で、それが1995年の震災で「それ用」に借りた部屋が被害を受けてストップし、今度20年越しのプランが別の形になったものです。いまのところ、図書館ですから図書資料の閲覧程度ですが、ゆくゆくは月に2回くらいサッカー人とサッカーを語り合う楽しい場を持つようにしたいと考えています。
――サッカーを語り合う場ですね
賀川:私は幸いなことに旧制神戸一中のころから、すばらしい先輩や仲間とずっとサッカーを語り、語られてきました。当時の日本は海外の文献も少なく、ましてテレビの動画で外国の優れたプレーヤーを見るチャンスはなかったのですが、先輩たちや仲間たちとのサッカー談義で互いの考えをぶっつけ、プレーのひとつひとつ、試合の場面を追求したので、はじめてヨーロッパからやってきたチームを見た時にも技術や戦術で、それほど驚くことはなかったように思います。
――スポーツをする楽しみ、見る楽しみ、読む楽しみ、語る楽しみがあると、いつも言っていますね
賀川:自分でプレーをし、試合を見ました。いまはテレビがあるので「見る」はさらにチャンスが増えました。スポーツ記者になり、スポーツ新聞の編集局長を10年ばかり務めて、読む楽しみの提供側にもなりました。これから後しばらくは「語り合う」楽しみを皆さんと味わいたいと思います。1950年~70年代にかけて、私は大先輩の大谷四郎さん(朝日新聞)、同世代の岩谷俊夫(毎日新聞)の2人の新聞記者とベルリンオリンピック(1936年)の日本代表ストライカーの川本泰三さん(第1回日本サッカー殿堂入り)たちと様々な話をしました。雑誌上にもその対談、鼎談を連載したこともありますが、一番早く若いうちに亡くなった岩谷俊夫が「ぼくらがこうして語り合っている話を若い人に伝えたい」とよく語っていたことを思い出します。まあ、活字に残っている分は神戸市中央図書館の文庫にありますが、若い世代の話し合いのなかに年寄りも寄せてもらえば、案外楽しいサッカー問答や、サッカー談義になるかもしれません。
――サッカーだけでなく、賀川さんが長い人生で経験してきたことも、私たちの世代には聞くべきことも多いはずです
賀川:そういえば、デットマール・クラマーと私の間ではよく軍隊時代の話が出ましたよ。長沼健さんたちは、ちょっと年齢が離れていて、あまり聞いていなかったらしいが…
――1月に入るとチューリヒ行で忙しくなるでしょう。サッカー談義の場、かつて計画した賀川カフェのようなものが早く形になるといいですね。
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FIFA(国際サッカー連盟)のヨーゼフ・S・ブラッター会長からメールが届き、「FIFA会長賞を贈ることになった。2015年1月12日、チューリッヒに来てほしい。その日のバロンドール表彰式のときにあなたの表彰をしたい」とあった。
バロンドールはFIFAがその年の年間最優秀選手、最優秀監督、最優秀チームを表彰するもので、最優秀選手の候補は今年はドイツ代表のゴールキーパー、マヌエル・ノイアー(バイエルン・ミュンヘン)とあのストライカーのクリスチアーノ・ロナウド(レアル・マドリード)、リオネル・メッシ(FCバルセロナ)の3人にしぼられていて当日発表されるハズである。
メールを一読してまず驚いた。「エッなんでボクが・・・」長年サッカーを書いていてきた。FIFAの主催するワールドカップについてもずいぶんな量の記事を書いたし、その内容には多少の自負もないではない。しかし、すべて日本語の文章で、国際的に知られているわけではない。そんな私がなぜ?
もう一度メールを読みなおす。斜め読みでは真意をつかめなかったのが、徐々に理解でき、ブラッターさんの真意が伝わってきた。書き出しは今年(2014年)7月のFIFAドットコムを読んだ感想からだった。セルジオ越後の強い誘いでブラジルのワールドカップに出かけた。そのとき89歳6か月というボクの年齢を知って、大会に来た世界のメディアの最年長だというので、FIFAドットコムが取材をし、それをインターネットで紹介した。現地でも評判になったが、ブラッター会長も私と何度か会ったことを思い出した――という個人的な感慨からはじまり、表彰の理由を簡潔にしかもゆきとどいた言葉で伝えていた。そしてワールドカップの興奮を日本の読者に伝え、あるいは技術的、戦術的な観点からも分析しつづけただけでなく、多くの日本の若者がこのゲームを志向し、グローバルなフットボールファミリーに加わってゆくようにしたと評価した。そして生涯のフットボールへの奉仕と日本サッカーの驚異的な発展への貢献に対して会長賞(PRESIDENTAL AWARD 2014)を贈りたいとあった。
日本サッカーへの貢献ということならば、私の古くからのサッカー仲間である長沼健さん(故人、第8代JFA会長)、岡野俊一郎さん(第9代会長)、川淵三郎さん(第10代会長)、小倉純二さん(第11代会長)、そして大仁邦彌(現会長)たち優れたリーダーや、それをサポートした多くのサッカー人の力に比べれば、好きなサッカーを見て好きな記事を書いていただけの私は、いわばヤジ馬的応援団にすぎないのだが、ブラッターさんが日本サッカーの急速な発展を世界的視野からも高く評価していて、それのどこかに役立ったということを受賞理由にしてくれたのだろうと考えた。
FIFAへの返事は「とても驚いたが、大きな喜びだった。なにより会長の心のこもった便りがうれしかった。1月12日に出席させて頂きます」とした。返事は出したものの、どこかにまだ、ボクでいいのかナ――すごい先輩記者たち、あるいは優秀な若い仲間たちに後ろめたい気もしないではない。
90歳になっても、スイスへ旅行できそうな体でいられることはうれしいが反面、老齢にかまけて日々気楽な生活をしている我が身から晴れがましい式典での正装を想像すると、いささか心細くもある。神戸市中央図書館の賀川サッカー文庫のボランティア仲間たちは
「メッシやロナウドに会えるだけでもいいじゃないですか」というのだが・・・
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10/31開催「フットボール×ブック・フェスティバル2014」に参加することになりました。
「フットボール×ブック・フェスティバル2014」
主 催:図書館海援隊サッカー部
協 力:株式会社紀伊國屋書店、中林良輔氏(東邦出版株式会社)
後 援:公益社団法人 日本プロサッカーリーグ
目 的
ワールドカップイヤーの読書週間に、“サッカー本”に関わる著者、出版社、書店、図書館、そして読者・サポーターが一同に集い、“サッカー本”の魅力や文字活字だからこそ伝えることのできる豊饒なフットボール文化について語り合うことで、フットボールと本の魅力を再認識するとともに広く世間に発信することを目指します。
http://kokucheese.com/event/index/221770/
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――「90歳の昔話ではない。 古今東西サッカークロニクル」(東邦出版)が出版されました。評判がよいそうですね。
賀川:東邦出版をはじめ、たくさんの人のおかげで90歳になろうという年に自分のこれまでの著作のなかから選んだものを一冊の本にまとめることができました。
――サッカーの歴史の生き証人でもある賀川さんらしく「古今東西サッカークロニクル」としたのですね
賀川:歴史的事件、つまり試合や大会にについての書き物をクロニクル(年代記)という形で第一部とし、人物ものがたりを第二部、そしてこれまで取材したワールドカップの10回の大会を第三部としてまとめました。
――賀川さんをよく知る元サッカーマガジンの国吉さんたちも、まとめるのに協力したそうですね。その国吉さんとサッカーマガジンでかつて仲間だった大住さんも、こういうまとめ方もあったんだな、と感激していましたよ
賀川:皆さんへのお礼を書くスペースがなかったので記していませんが、私が新聞社の仕事をしながら雑誌社に寄稿できたのは、大住さんたちが次々といい企画の仕事をさせて下さったからですよ。
――先日、芦屋のジュンク堂へ買いに行ったら、一冊もなかった、という友人がいました。西宮でもそんな声を聞きました
賀川:東京オリンピックの時に、小中学生だった、いわゆる団塊(だんかい)の世代の読者が多いと聞きました。
――賀川さんは選手ではペレやクライフやベッケンバウアーに直接会って話を聞いている高齢の記者ですが、今の香川真司や本田圭佑、あるいはもう少し若い世代の選手もよく見ていますね。外国のリオネル・メッシやクリスティアーノ・ロナウドもそうですね。
賀川:チャンピオンズ・リーグによってヨーロッパ、そして世界のサッカーのレベルが高くなりました。そのレベルアップの中での二人の天才ストライカーのプレーはとても楽しいものです。そして彼らとともにプレーする各国のスターたちを見ながら、選手の個性やそれぞれのプレーの基礎をひもとくのはとても面白いことです。
もちろんそれもかつて70年代の大スターたちを生で見たこと、会話をかわしたこと、あるいはたくさんの名選手を書き物の上、映像の上で勉強できたことも背景にあります。
――若い人にサッカーの歴史を知ってほしいと言っておられますが
賀川:今日は明日になれば歴史の「ひとコマ」になります。先人の足取りを学ぶことは決して創造の妨げになるものではありません。日本のサッカーには、多くの日本代表をはじめ、指導者たちがよりよいプレーヤー、よりよいチームをつくるために努力してきた歴史があることは、世界のサッカーに歴史があることと同じです。
――そいいう意味でも日本サッカーの流れを読み、先人の努力を知り、ワールドカップという世界的イベントを楽しく語り合うためには「90歳の」はいい本だと思います。
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兵庫県の指導者のスキルアップと結束力を高めることを目的とした「Fの会」で講演を行うことになりました。
基本的に指導者向けの講演ですが、一般の方も参加OKです。
ぜひ多くの方々にご来場いただければと思います。
10月18日(土) 午後 18時00分~20時30分
会場:神戸市勤労会館(神戸市中央区下雲井通5丁目1-2)
会費:1000円(懇親会は4500円)
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ブラジルと仏教展 開催記念スペシャルトークライブ 『ブラジルと日本のサッカー』としてセルジオ越後さんとのトークイベントを開催します。
入場無料、申込不要です。
ぜひ多くの方にご来場いただければと思います。
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現役最年長サッカーライターの賀川浩の初著書「90歳の昔話ではない」が発行されました。
全国の書店、amazonなどで発売中です。
残念ながらディステファノの盛期を見ることはできなかったが、
ペレは円熟期に、ベッケンバウアーとクライフは絶頂期、
マラドーナや釜本邦茂は少年期から最盛期を経て引退するまでを見た。
岡田武史監督の特徴ある眼鏡は中学生のときに知った。
ブラジル留学中の若きカズに会ったのは87年南米選手権のとき。
(本文より)
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賀川浩の東京での講演が決定しました。
テーマはワールドカップとU-18フットサルです。
参加申し込みは、以下の会場サイトから。
【日 時】2014年8月30日(土)19:00~21:00(飲食しながらお楽しみください)
【会 場】フットボールサロン4-4-2 墨田区江東橋4-16-5 SKビルB1
http://4-4-2salon.jimdo.com/ TEL:03-5600-9177
総武本線「錦糸町町」南口下車徒歩数分
【テーマ】現役最年長記者 賀川浩さんが語る
-2014年のフットボール:FIFAワールドカップとU-18フットサル
【演 者】賀川浩(ジャーナリスト)
【概 要】(主催者サイトから)
サロン2002メンバーの賀川浩さんが、2014FIFAワールドカップ・ブラジル大会で10回目の現地取材を行い、大会取材の最年長記者となりました。今大会全体を振り返るとともに、日本代表の戦いを中心に語っていただきます。
賀川さんが今回上京されるのは、8月28日~31日に東京都内で開催される「第1回全日本ユース(U-18)フットサル大会」の取材のためです。日本フットサル界の大きな一歩となるこの大会は、サロン2002が創設に深くかかわるものであり、賀川さんに大会レポートと創設までのあゆみを語っていただきます。
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FIFA.comに「An old master’s long journey」として賀川浩の記事が掲載されました。
http://www.fifa.com/worldcup/news/y=2014/m=6/news=an-old-master-s-long-journey-2379769.html
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神戸市大倉山の中央図書館の一室に「神戸賀川サッカー文庫」を開設することになり、4月20日にその開所式を行う運びになりました。1995年の阪神大震災で資料室兼仕事場が倒壊し、図書・資料に囲まれて仲間とサッカーを語り合うルームを持ちたいとの望みが潰えてから20年、今年2014年の90歳になろうという年の春に、サッカー人生の新しい局面が開けるとは、誠にありがたいこと。ご尽力いただいた皆様に心からお礼を申し上げます。
プライベートなコレクションでは、神戸FCの田辺文庫―私たちの大先輩・田辺五兵衛さんの収集による―が有名です。私は田辺さんのようなコレクターではなく、原稿を書くため、サッカーを考えるための資料が積み重なったのにすぎません。それでも9回のワールドカップ、6回のヨーロッパ選手権をはじめ、海外・国内の取材の時に求めたもの、あるいは読みたいために集めた書物、大会公式のパンフレットなどは相当な数となりました。なかには世界に一つという珍しいものもあり、世界で最も盛んなスポーツ、サッカーの探索を志す人たちのご参考になるだろうと思っています。
少年期から大倉山の名で親しんできた神戸市の知の泉というべき中央図書館の小さな一室が、世界と日本と関西と神戸のサッカー好きの人たち、スポーツ史に足を踏み入れようという人たちの新しい交流の場になってほしいと願っています。
(写真は書籍整理でご尽力いただいたボランティアの皆様)
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――週刊サッカーマガジンが月刊になると。10月29日発行の2013年11月12日号、1483号でピリオドを打ち、1993年秋以来20年間に1058冊で終わりとなったそうです
賀川:1966年6月の創刊から長く月刊だったのが、1993年のJリーグ開幕(5月)の半年後から週刊にしたはずです。読むところの多い、いい雑誌だったが、活字離れの今の世の中では、経済的に大変だったかもしれない。創刊のころから、ずっと寄稿させてもらった。新聞社のスポーツ記者としてスポーツ全般に目を向け、幅広い読者に記事を提供する立場だったのが、サッカーマガジンではサッカーの好きな人を相手にする原稿で、とても楽しく勉強になりましたよ。
――新しい月刊誌は編集方針も違うものになるとか
賀川:どういうものを作られるのか…とても興味がある。まず成功してもらいたいものですが…
――週刊サッカーマガジンの連載はまだ途中のようでした
賀川:「日本とサッカー90年」という連載は2002年まで書いたので、あと10年余です。これは私のブログに掲載し、「90年にしたいと考えています。創刊のころから47年半世紀近いサッカーマガジンとの付き合いでした。この雑誌を通してたくさんのサッカー仲間と知り合いになりました。読者の皆さんからさまざまな指導もいただきました。機会があれば月刊サッカーマガジンの誌上でお目にかかることもあるかもしれませんが、とりあえず今後はこのブログの回数を増やすことを心掛けたいと思います。サロン2002その他でサッカー好きからの質問を受け答えするように、このブログ上でもご質問があれば、ご遠慮なくお寄せください。週刊サッカーマガジンで“旅”をはじめ、多くの連載にお付き合いいただき、ありがとうございました。改めてお礼を申し上げるとともに、今後ともよろしくお願いいたします。
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――コンフェデレーションズカップからしばらく片言隻句がお休みになっていました。猛暑中は調子を崩してお休みかなと心配している人もいますよ
賀川:申し訳ないことですが、そうではなくて元気です。8月4日に神戸一中・神戸高校のサッカー部創立100周年の祝賀会があって、それに少しかかわっていたこともあったものだから、、、神戸高校OB会が中心でしっかりやってくれているから私が口を出すこともないのだが、1963年の50年記念の時に実際にかかわったものが、加藤正信ドクターはもちろん、記念誌「ボールを蹴って50年」を作った大谷四郎、岩谷俊夫といった人たちも向こう岸へ去ってしまって私ひとりだけになったものだからね。
――何かと思い入れも多い100年の催しだったでしょう
賀川:とても盛会で、兵庫県のライバルであり、仲間であった各高校のOBたちも含めて、当日ポートピアホテルの会場には250人が集まってくれました。
――その中で最年長が賀川さん
賀川:41回の芦田信夫さんには神戸一中、神戸大の後輩が報告がてら挨拶に行ってくれるらしい。それにしても大正2年(1913年)創部の時の神戸一中15回生に始まり、43回の私より上の先輩は210人くらいおられたのです。スポーツ記者になり、サッカーを書くという仕事も続けたおかげで、こうした先輩たちについて調べ、活字にもして残している。その立場から見ても神戸一中サッカー史はちょっと類のないものです。今度の100年記念で神戸のサッカー人あるいはメディア仲間のなかで、神戸一中を手掛かりに神戸や関西のサッカー史に興味を持ってくれる人が増えればありがたいと思っているのです。
――まあ、そういうひと仕事を終えられたから、いよいよ2013年のサッカーを語る場に戻ってもらいたいですね。そういえば8月14日キリンチャレンジカップで日本代表がウルグアイと対戦します。賀川さんの好きなボールテクニックのある柿谷曜一朗や香川真司も出場するでしょうからね
賀川:1980年の年末から2週間ウルグアイのモンテビデオにいたこともありますから、日本-ウルグアイはぜひしっかり見てみたいですね。
――そうそう、8月24日のNHKの「68年メキシコオリンピック3位決定戦」のフルタイム放送の時には、どこかで仲間とテレビ観戦する話もありますね
賀川:いまサロン2002で案内を出しています。詳しくはこちらをご確認ください。
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サロン2002による「関西サロン」を開催します。
《2013年8月「関西サロン」案内》
【日 時】2013年8月24日(土)13:00~16:00
【会 場】あしや市民活動センター
http://ashiyanpo.jp/index.php/map
〒659-0065 芦屋市公光町5-8
阪神電鉄「芦屋駅」から徒歩5分
JR「芦屋駅」・阪急電鉄「芦屋川駅」から徒歩10分
【参加費】無料
【テーマ】メキシコ五輪3位決定戦を観る
【演 者】賀川浩(スポーツライター)
【概 要】(本多克己)
メキシコ五輪の3位決定戦の初のフルタイム放送を賀川浩さんのお話を交えながら観戦したいと思います。
放送内容
*1968年メキシコオリンピック 男子サッカー3位決定戦 日本vsメキシコ(フルタイム放送)
ゲスト:釜本邦茂(元日本代表)、元メキシコサッカー代表メンバー/司会:山本浩(元NHKアナウンサー)
*その他に、インタビューなどの取材を元にしたドキュメンタリーVTRを合わせて放送
13:00~13:50 第一部
14:00~14:50 第二部
15:00~15:49 第三部
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大学サッカー界の大御所・上田亮三郎先生(現・大阪商業大学サッカー部総監督)の著書、「やらなあかんことは やらなあかんのや!」が、1月28日に発売されました。
賀川浩との対談『これからのサッカー指導者に必要なこと』も掲載されています。
数時間にわたる対談をギュギュっと濃縮したクロストークを、お楽しみください!
※ご購入はこちらから
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(C)ハナヤ勘兵衛
昨秋の芦屋市民文化賞受賞を記念して、
同市の広報誌に新春メッセージを寄稿しました。
広報あしや(1月1日号)
賀川浩「スポーツの“ちから”と温故知新」
※PDFデータです
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2012「あしやスポーツフォーラム」にて賀川が講演を行うことが決定しました。
参加費無料ですので、ぜひご参加ください。
〔主 催〕 芦屋市教育委員会・
あしやスポーツフォーラム
(構成団体)特定非営利活動法人芦屋市体育協会・芦屋市レクリエーションスポーツ協会・芦屋市スポーツ推進委員会・スポーツクラブ21ひょうご芦屋市連絡協議会
〔日 時〕 平成24年2月4日(土)
14:30~15:00 受 付
15:00~15:30 第1部「賀川浩氏の歩み」をスライドで紹介
15:30~16:45 第2部「賀川浩氏のスポーツ講演」
テーマ:サッカーから見た「現代スポーツの潮流」
16:45~17:00第3部・質疑応答
〔会 場〕 芦屋市立体育館・青少年センター2F大会議室(芦屋市川西町15番3号)
〔講 師〕 スポーツジャーナリスト 賀川 浩氏(平成23年度芦屋市民文化賞受賞)
〔参加料〕 無 料
〔定 員〕 80名(受付先着順)
〔申し込み〕 所定の参加申込書かハガキで必要事項(氏名、住所、TEL、所属等)をご記入の上、1月27日(金)までに下記へ申し込んでください。
※FAXでの申し込みOK
〒659-0072芦屋市川西町15番3号芦屋市立体育館・青少年センター2F
芦屋市教育委員会スポーツ・青少年課スポーツ担当
TEL0797-22-7910・FAX0797-22-1633
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このたび、賀川浩が「芦屋市民文化賞」を受賞することとなりました。
※広報紙『広報あしや 11月1日号』 ※リンクはPDFデータです
本日の朝日新聞(阪神面)にも記事を掲載して頂きました。
長年にわたって活動を続けることができているのは、
関係者、読者の皆様のおかげです。有難うございます。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
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朝日新聞夕刊3面「ジャーナリズム列伝」に、賀川浩が取りあげられています。
9月12日~30日までの全12回、よろしくお願いいたします。
※夕刊(1部50円)は、新聞販売店の他、
コンビニや駅の販売店などでお買い求めいただけます。
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熱戦が繰り広げられているコパ・アメリカにちなみ、
新コーナー「コパ・アメリカの旅 ~1987南米サッカー選手権~」 を新たに公開しました
賀川浩が初めて取材した南米選手権、1987年アルゼンチン大会のコラムです。
第1回 南米で見る、南米同士の試合。技巧的で、格闘的で、ファウル連発も辞さない壮絶さだった
第2回 ロサリオよりもコルドバ。平坦なブエノスと違った趣がある町の空気を知りたかった
第3回 巨大スケールのトレセン構想。不調のアルゼンチン、それでもマラドーナの技はさえる!
第4回 少年の日に読んだW・H・ハドソン。広い平坦な空間の感覚がいまもわたしの心に残っていた
第5回 ウルグアイ対アルゼンチンは南米で最もクラシックで歴史的な対戦の一つである
第6回 心とリュックの中身を整理する仕事は、この旅シリーズが終わってもしばらく続く
※このコラムは『サッカーマガジン』1988年3~8月号に掲載されました
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賀川浩の先輩である、大谷四郎さんの著作『ワールドクラスへの道 ~「世界」へ悠々と急げ~』に3話追加!
ドリブルでの戦術的要請
続・ドリブルでの戦術的要請
ドリブルの使い方
※この書きものは、1977~80年にサッカーマガジンに掲載されたものです
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「川本泰三放談」に4話追加しました
※このコラムは『イレブン』誌に掲載された「日本サッカー50年『一刀両断』」です
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サッカーマガジン連載「我が心のゴールハンター」を更新しました
※このコラムは『週刊サッカーマガジン』に掲載中のコラムのバックナンバーです
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賀川浩の先輩である、大谷四郎さんの著作『学生サッカー 初めてヨーロッパを独り往く』に4話追加!
サッカーの何を見たか その4
サッカーの何を見たか その5
サッカーの何を見たか その6
サッカーの何を見たか その7 *最終回
※この書きものは、1975年1月よりサッカーマガジンに掲載されたものです
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[英語版]日本サッカーアーカイブ
人物史に神戸一中蹴球部の元部長河本春男のページを公開しました
※関連ページ
チーム指導と会社経営 生涯に2度成功したサッカー人 河本春男(上)
チーム指導と会社経営 生涯に2度成功したサッカー人 河本春男(下)
神戸一中とドイツ菓子ユーハイムで成功した河本春男さん
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玉井操 神戸FC初代会長のコラム他、アップしました
84年前に中華民国から1ゴール。兵庫、関西の協会長、神戸FC会長として少年育成に尽くした明治生まれのリーダー 玉井操
※このコラムは『月刊グラン』の連載「このくに と サッカー」のバックナンバーです
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賀川浩の先輩である、大谷四郎さんの著作『ワールドクラスへの道 ~「世界」へ悠々と急げ~』に2話追加!
インステップキックが基本だ
インステップのインサイドとアウトサイド
※この書きものは、1977~80年にサッカーマガジンに掲載されたものです
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賀川浩の先輩である、大谷四郎さんの著作『学生サッカー 初めてヨーロッパを独り往く』に4話追加!
サッカーの何を見たか その2
サッカーの何を見たか その3
サッカーの何を見たか その4
サッカーの何を見たか その5
※この書きものは、1975年1月よりサッカーマガジンに掲載されたものです
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日本サッカーアーカイブ人物史
神戸一中蹴球部の元部長河本春男のページを公開しました
※関連ページ
チーム指導と会社経営 生涯に2度成功したサッカー人 河本春男(上)
チーム指導と会社経営 生涯に2度成功したサッカー人 河本春男(下)
神戸一中とドイツ菓子ユーハイムで成功した河本春男さん
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新コーナー「心は南アフリカへ ~40年ぶりに日本で見るワールドカップ~」を更新
※このコラムは『週刊サッカーマガジン』に2010年6~8月号に掲載されたコラムのバックナンバーです
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新コーナー「心は南アフリカへ ~40年ぶりに日本で見るワールドカップ~」を公開
・40年ぶりに日本で見るワールドカップ
・日本1-0カメルーン 嬉しい全テレビ局のゴールシーンの繰り返し
・ブラジル3-1コートジボワール これぞブラジル、伝統個人技とチームワーク
※このコラムは『週刊サッカーマガジン』に2010年6~8月号に掲載されたコラムのバックナンバーです
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賀川浩氏 殿堂入り祝賀パーティ事務局からのお知らせ
12月7日(火)に予定されている東京での祝賀会の会場が、下記に変更となりました。
日時/場所
【東京】
12月7日(火)午後6時半開場 午後7時開会
グランドプリンスホテル新高輪 国際館パミール1F【瑞光】
※【プリンスルーム】から【瑞光】に変更
間際の変更で恐縮ですが、お間違えのないようご留意下さいませ。
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賀川浩氏 殿堂入り祝賀パーティ事務局からのご案内日時/場所
【神戸】
11月25日(木)午後6時半開場 午後7時開会
神戸ポートピアホテル 南館 大輪田の間
【東京】
12月7日(火)午後6時半開場 午後7時開会
グランドプリンスホテル新高輪 国際館パミール1F【瑞光】
※高輪【プリンスルーム】から新高輪【瑞光】に変更となりました
会費
10,000円(会場にて徴収させていただきます)
お申込み
準備の都合上、誠に勝手ながら11月19日(金)までに
事務局あてにファックスまたはメールにてご連絡をお願いいたします。
お名前、ご連絡先とあわせ、賀川浩へのメッセージもお送りください。
メ ッセージはお名前とともに、賀川サッカーライブラリーに掲載させていただきます。 賀川浩殿堂入り祝賀パーティ事務局
大阪市中央区平野町3-1-8 株式会社シックス内
Tel :06-6209-6626
Fax :06-6209-6625
Mail: kagawa@six6.jp
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メキシコ銅メダリスト、松本育夫・現サガン鳥栖監督のコラムをアップしました
※このコラムは『月刊グラン』に連載中の「このくに と サッカー」です
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サッカーマガジン連載「我が心のゴールハンター」を更新しました
※このコラムは『週刊サッカーマガジン』に掲載中のコラムのバックナンバーです
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サッカーマガジン連載「我が心のゴールハンター」を更新しました
※このコラムは『週刊サッカーマガジン』に掲載中のコラムのバックナンバーです
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東京、メキシコ五輪の日本代表DF片山洋のコラムをアップ
※このコラムは『月刊グラン』に連載中の「このくに と サッカー」です
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サッカー史:1930年
1930年第1回ワールドカップ・ウルグアイ大会の写真を追加しました!
初代チャンピオンのウルグアイ代表、初代得点王ギジェルモ・スタービレの写真はこちら
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人物史:丸山義行に、1967年日本対CSKAモスクワの写真を追加
丸山さんは1970年W杯でペルー対ブルガリアなど2試合で線審を担当。
ワールドカップのピッチに初めて立った日本人です。
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賀川浩の先輩である、大谷四郎さんの著作『学生サッカー 初めてヨーロッパを独り往く』を更新しました。
・ドイツの大歓迎
・スウェーデン ~その1 大敗の巻~
※この書きものは、1975年1月よりサッカーマガジンに掲載されたものです。
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サッカーマガジン連載「ストライカーの記憶 ~我が心のゴールハンター~」を更新しました
・【番外編】日本代表欧州遠征、オランダ遠征を見て
・【番外編】日本代表欧州遠征、第2戦ガーナ戦から
※このコラムは『週刊サッカーマガジン』に掲載中のコラムのバックナンバーです
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Stories「兵庫・神戸のサッカー」を更新
・神戸のサッカー
※このコラムは、2001年3月10日に行なわれた「YC&AC対KR&AC インターポートマッチ」のマッチデープログラム『Legend Of Football ~世紀を越えて蘇る日本サッカーのルーツ~』に掲載されたものです
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賀川浩について、ライター仲間が書いた記事を公開してゆくコーナー「Hiroshi Kagawa in the Press」。
日本有数のジャーナリスト、武智幸徳記者の記事を更新しました。
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高橋龍太郎・第3代JFA会長のページに、三男・彦也氏の写真を追加しました。
“ビール王”と称された企業人の高橋さんが会長就任を引き受けたのは、
「息子はサッカーのおかげで成長し、周囲から慕われ尊敬された」といい、
「そんなサッカーのために」という想いがあったからだとか――。
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サッカーマガジン連載「我が心のゴールハンター」を更新しました
※このコラムは『週刊サッカーマガジン』に掲載中のコラムのバックナンバーです
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サッカーマガジン連載「ストライカーの記憶 ~我が心のゴールハンター~」を更新しました
・【番外編】岡崎慎司 最終予選6月シリーズから、粘っこさと長走と修羅場への取り組み。岡崎慎司と2つのゴール
・【番外編】W杯アジア予選から 今野泰幸の2つのチャンス、パスかシュートか。「ワンタッチで試合を変える」面白さを味わう
※このコラムは『週刊サッカーマガジン』に掲載中のコラムのバックナンバーです
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フィオレンティーナ(イタリア)の選手情報を更新!
フィオレンティーナは欧州チャンピオンズリーグ決勝ラウンド1回戦で、バイエルン・ミュンヘンと戦います。
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欧州チャンピオンズリーググループEを戦った、デブレツェン(ハンガリー)の選手情報
を更新しました。
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英語版日本サッカー人物史更新!
日本サッカー界初の法人組織「(社)神戸フットボールクラブ」の初代会長を務めた、玉井操元関西協会会長のページを公開しました
*日本語版の玉井操はこちら
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賀川浩の先輩である、大谷四郎さんの著作『ワールドクラスへの道 ~「世界」へ悠々と急げ~』を公開しました。
・相手に勝つための工夫と分析
・「年齢制」の意味 技術の向上と組織・運営
この書きものは、1977~80年にサッカーマガジンに掲載されたものです
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サッカーマガジン連載「我が心のゴールハンター」を更新しました
・デニス・ベルカンプ(1)60年代のデニス・ローの名にあやかりビューティフルゴールを量産した“静かな男”
・デニス・ベルカンプ(2)EURO92で見せた贅沢なゴール。3大スター合作のアシストを締めくくった
・デニス・ベルカンプ(3)EURO92で、先輩デニスばりに後方から走り上がり見事なゴールを演じた
※このコラムは『週刊サッカーマガジン』に掲載中のコラムのバックナンバーです
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賀川浩について、ライター仲間が書いた記事を公開してゆくコーナー「Hiroshi Kagawa in the Press」。
ジャンルカ・トト・富樫の愛称で親しまれた、故富樫洋一さんのコラムを更新しました。
・あるスポーツ記者の回想 ~クラマー、釜本邦茂、そして神戸一中のこと~ By富樫 洋一
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賀川サッカーライブラリーの新コーナー
賀川浩の先輩である、大谷四郎さんの著作『学生サッカー 初めてヨーロッパを独り往く』を更新しました。
この書きものは、1975年1月よりサッカーマガジンに掲載されたものです。
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新コーナー「学生サッカー 初めてヨーロッパを独り往く by 大谷四郎」を公開
・大いに見聞を広めよう
・貧乏旅行の苦労と楽しさ
・ハプニング
・民泊の話
・ドルトムント大会 その1
※1975年1月~『サッカーマガジン』に掲載されたコラムです
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賀川サッカーライブラリーに新コーナー追加
賀川浩の先輩である、大谷四郎さんの著作『ワールドクラスへの道 ~「世界」へ悠々と急げ~』を公開しました。
この書きものは、1977~80年にサッカーマガジンに掲載されたものです。
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2009年11月 サロン関西
・日 時:2009年11月26日(木)19~21時(その後、同会場にて懇親会)
・会 場:神戸レガッタアンドアスレチッククラブ(KR & AC)
神戸市中央区八幡通2-1-20(「三宮」駅から徒歩約7分)
・会 費:1000円 ※懇親会は、フリードリンク 3500円
・テーマ:記者として、サッカー人として 大谷四郎
・報告者:賀川浩(サッカーライター)黒田和生(ヴィッセル神戸)
――大谷さんの話をする会があるのですね。
賀川:ことし9月11日にJFAの第6回殿堂入りの表彰式があって、大谷四郎さん(1918-90)高橋英辰さん(1916-2000)国際審判員だった丸山義行さん(1931-)それから68年メキシコ五輪銅メダルの一人松本育夫さん(1941-)が表彰された。
大谷さんと高橋さんは私より6歳~8歳年長の先輩で、大谷さんは朝日新聞の記者、高橋さんは日本代表のコーチ、監督あるいは日立(現・柏レイソル)の監督として、どちらもその時代では有名だったが、若いサッカー仲間にはいささか遠い人となっているようだ。
――松本さんは60歳をこえた今もJ2サガン鳥栖での強化本部長、丸山さんは中央大学の大先輩として尊敬されていますね。そうした4人のなかから大谷さんの話が浮かんできたのは、やはり関西出身ということですね。
賀川:大谷さんは記者として優れた記事を書き、サッカーの普及とレベルアップに功があったわけだが、関西では神戸FCの設立に関わり運営にも力を尽くしたことでも知られている。クラブの技術委員長をしているときに、大学を出たばかりの黒田和生さんが、FCの専属コーチになった。黒田さんはのちに滝川第2高校の監督として成功し、いままたヴィッセル神戸の育成の責任者になっていて、いわば関西での選手育成の第一人者といえる。その黒田コーチが、若いころに大谷さんの指導を受けたことが大きなプラスとなったといっている。
――大谷さんは選手としても上手だったとか
賀川:今でいうストライカーだった。神戸一中時代、4年生と5年生(最高学年)のときに連続して全国優勝しているが、大事な試合でよく点を取った。当時の毎日新聞にも「超大型CF大谷云々」の記事があったハズ。東大のときにも関東大学リーグで、「リーグで最も目覚ましかったのは、早大の裵宗稿と東大の大谷四郎のシュートだった」と書かれたこともある。
――へぇー。いろんなエピソードがありますね。
賀川:ボクは新聞記者としてもこの道の後輩にあたるのだが、同じ仕事仲間として毎日新聞にいた岩谷俊夫(1925-1970)と3人いつも一緒だった。記者として、人間としても素晴らしい大谷さんについて語ればキリがないけれど、故・加藤正信ドクターをリーダーに、大谷さんをはじめ皆でつくり上げた神戸FCは今も「法人格市民スポーツクラブ」の一つの見本となっている。
――神戸一中サッカー部の後輩で、記者という同業者であり、大阪クラブや神戸FCでのクラブ仲間であり……というところですね。
賀川:大谷四郎さんの兄さんに、大谷一二(いちじ)さんがいて、ベルリン・オリンピック世代の名選手だった一二さんは神戸一中、神戸商大(現・神戸大)で私の先輩にもあたる。直接プレーも教えてもらったこともあり、私の兄・太郎ともども最も尊敬するサッカー人の一人。殿堂入りの表彰のときにはチラリと大谷一二さんの話が出そうになったのだが、結局は一言だけに終わっている。四郎さんが日本サッカー史に造詣が深かったのも、身近に兄さんをはじめ優れたプレーヤーを見た経験も大きな基盤になっていると思う。
――黒田先生との話は、2時間で終わるんでしょうかね。
賀川:戦前派の大谷四郎さんと現代の少年指導の現場にいる黒田さんの話を通じて、この人の素晴らしい人となりを少しでも紹介し、日本サッカーの歴史の深さの一端を知って頂ければ嬉しいのですがネ。
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メキシコ銅メダルの日本代表スイーパー、鎌田光夫のコラムをアップしました
※このコラムは『月刊グラン』に連載中の「このくに と サッカー」です
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新コーナー「ストライカーの技術講座」を公開
・最も単純で原始的なフットボールを踏襲するサッカー
・利き足から左足へ
・“消える”ということ
・ゴールへの位置取り
・ゴールのための常識 ほか全15タイトル
※1983~84年の『サッカーマガジン』に掲載されたコラムです
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サッカーマガジン連載「我が心のゴールハンター」を更新しました
・釜本邦茂(12)オデッサでの35mシュート、ボルシア・MGからもゴール。進歩の証を重ねてメキシコへ
・釜本邦茂(13)メキシコ五輪B組第1戦、ナイジェリアを相手にハットトリック
・釜本邦茂(14)メキシコ五輪B組、対ブラジル。ヘディングパスで渡辺正の同点ゴールを生み出す
・釜本邦茂(15)メキシコ五輪第3戦「点を入れたらアカン」シュートを外して○印のサイン
・釜本邦茂(16)メキシコ五輪で突破シュートと胸でトラップからのシュート。フランスを破ってベスト4へ
※このコラムは『週刊サッカーマガジン』連載コラムのバックナンバーです
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サッカーマガジン連載「我が心のゴールハンター」を更新しました
【番外編】平木隆三さんを偲ぶ 東京、メキシコの栄光を支え、コーチ育成組織をつくり、天皇杯を改革し、発展の基礎を築いた
【番外編】大迫勇也とメキシコ得点王 しなやかで強い体と抜群のシュート力を成長期に懸命に、順調に伸ばした
※このコラムは『週刊サッカーマガジン』連載コラムのバックナンバーです
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アラン・ジレス「わたしのサッカーが、フランスのサッカーだ!!」を公開!
24年前の1985年1月、ゼロックス・スーパーサッカーでボルドーのキャプテンとして来日した元フランス代表MFアラン・ジレスに、賀川が行なった長編インタビューです。
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平井富三郎 第5代JFA会長のコラムをアップしました
※このコラムは『月刊グラン』に連載中の「このくに と サッカー」です
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スペイン・リーガエスパニョーラ
ビジャレアル、アトレティコ・マドリードの09-10シーズン移籍情報を更新!
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日本サッカーの発展を強く願い、1910~20年代のその普及に大きく貢献したイギリス人横浜副領事、ウィリアム・ヘーグを公開
ヘーグさんが提案・尽力した、イングランド協会から日本へのFA杯(銀杯)寄贈が、大日本蹴球協会(JFA)設立や現在の天皇杯――全国優勝競技会――開催へとつながりました。
*英語版・アーカイブはこちら
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英語版日本サッカー人物史に、杉山隆一 元ヤマハ監督を追加
ユース世代から日本代表FWで活躍しながら、メキシコ五輪ではパサーにまわって5アシストを記録した、日本の銅メダル、釜本選手の得点王獲得のキーマンです。
*日本語版の杉山隆一はこちら
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英語版日本サッカー人物史更新!
ベルリン五輪、スウェーデン逆転劇のキャプテン、竹内悌三を公開しました
*日本語版の竹内悌三はこちら
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英語版日本サッカー人物史に、
日本のレフェリーの国際舞台への第一歩を記した、村形繁明国際審判員を追加しました。
*日本語版の村形繁明はこちら
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メキシコ五輪・銅メダル獲得の守備の要、元日本代表DF鎌田光夫を公開
*英語版・アーカイブはこちら
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イングランド・プレミアリーグ
マンチェスター・ユナイテッド、リバプール、チェルシーの09-10シーズン移籍情報を更新!
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英語版・日本サッカー人物史に、
“センタリングの神様”と呼ばれた日本代表の名ウイング・鴇田正憲を追加しました。
日本語版の鴇田正憲はこちら
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人物史に、横山謙三 元日本代表監督を追加しました
メキシコ五輪銅メダルの名ゴールキーパー。
指導者としては三菱重工、浦和レッズ、日本代表を指揮。
レッズのGM、取締役社長補佐としてクラブの育成・強化にも努めた方です。
*英語版・アーカイブはこちら
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人物史 Gendou Tsuboi にProfileを追加しました。
日本語版の坪井玄道はこちらでご覧頂けます
坪井玄道…日本で最初にサッカーを教え、広めようとした、日本のサッカー普及の祖。
お写真などお持ちの方があれば、お知らせ頂けますと幸いです。
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