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バロンドール授賞式スピーチ オリジナル版

2015/01/13(火)

ブラッター会長、ご列席の皆さま。
バロンドールの表彰という、年に一度のFIFAのすばらしいセレモニーに出席できて光栄に思います。
またFIFA会長賞というとても大きな賞を頂くことはこの上ない名誉です。

昨年12月にブラッター会長からメールが届いたときには本当に驚きました。
私は62年間ジャーナリストとしてスポーツとりわけサッカーのレポートを書きつづけてきました。74年以来、2014年ブラジル大会までの10回取材をしたワールドカップについても、新聞や雑誌で多くのページを使いました。その量と内容には多少の自負もありますが、すべてが日本語の文章で日本文の記事でした。したがって世界中で読まれることもなく、私の友人の世界的なフットボールジャーナリストにくらべると、日本というローカルの記者にすぎません。

そうした極東の一記者がFIFA会長賞を受けてよいのだろうかと、しばらく考えました。そして日本サッカーが近年に急速に成長したこと、その成長についてメディアが多少の役割を果たし、そのメディアのなかでの最年長者として会長は私を表彰して下さるのだと思うようになりました。

日本のサッカーには長い歴史があり、JFAには1921年から94年の流れもあります。その歴史のなかに優れた記者の先輩やテレビでのサッカー開拓者もおられます。私と同世代にも立派な記者がいただけでなく80歳をこえてなおワールドカップを取材している仲間もいます。
そうした仲間、さらにはどんどんあらわあれてくるメディアの後輩たち、つまりは日本のフットボールジャーナリストの最年長者としてこの受賞の名誉をうけることで、FIFAがメディアを大切なものと考えていることを伝えたいと思います。

会長は1979年第2回ワールドユース日本開催、ディエゴ・マラドーナが19歳で活躍した大会に、FIFAの担当者として大会の運営にあたられました。そのときアベランジェ会長の記者会見でフランス語の通訳に適任がなく、会長のフランス語をブラッターさんが英語に訳し、その英語を私が日本語で記者たちに伝えたこともありました。そのとき以来、ブラッター会長は日本サッカーに対して常に好意的であり、バックアップして下さることをいつも感謝しています。

私の英語はそのとき以来進歩していないので、今日の授賞式参列もいささかちゅうちょしたのですが、私の若い仲間たちから、ノイアーやロナウドやメッシに会えるだけでもいいじゃないか、大スターたちのサインをもらうことを忘れないで、と励まされ送り出されました。

ありがとうございます。


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コメント

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投稿: マルベリー 販売 | 2015年2月10日 (火) 21時54分

賀川さん
本当におめでとうございます!ニュース画面を父の写真にむけて見せてち父へも報告しました。福岡でも家族みんなで大興奮です。

投稿: 啓 KG | 2015年1月14日 (水) 10時58分

FIFA会長賞受賞、おめでとうございます。

生では見れませんでしたが、WOWOWを録画して賀川さんの姿をしっかりこの目に焼き付けました。

賀川さんら先輩方が書かれた記事をむさぶるようにして読み、海外のサッカーにずっと憧れていました。今、ヨーロッパに行き、現地でサッカーを観戦する。地元の人々と交流する人生の楽しみを教えて頂き、本当にありがとうございます。

これからも

投稿: 小池正通(サロン2002) | 2015年1月13日 (火) 10時40分

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