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2014ブラジルワールドカップの旅

2014/06/13(金)

2014ブラジルワールドカップの旅を始めます。

これまではサッカーマガジン誌に連載させていただきましたが、今回は新しい試みです。

神戸で生まれ育った私はブラジルといえば、まず頭に浮かぶ歌があります。

 行け、行け、同胞海越えて
 遠く南米ブラジルへ
 御国(みくに)の光、輝ける
 今日の船出の勇ましき…

小学生の頃、神戸の港から南米へ向かう移民の人たちを、日の丸を振って送り出したものだ。小さな島国で資源が少ないと思い込んでいた当時の日本は、海外へ移住者を送るのが国の政策のひとつでもあった。その日本からの多くの移住者が大変な苦労を重ねてブラジルの市民としての地位を築いたことは、よく知られている。

少年期からなじみの国名だったブラジルだが、フットボールに興味を抱き、それを書くことを仕事にするようになると、日本サッカーのブラジルの影響の大きさを知ることになる。

今度のブラジルゆきも、自分の年齢とブラジルのさまざまの事情で、出かけていって周囲の人に迷惑をかけては、とも考えたが、セルジオ越後が「自分の生まれ育ったブラジルでの大会だから、ぜひ見てくださいよ」という強い勧めでセルジオグループでの旅行という形で太平洋を渡り、アメリカのダラスを経由して、ブラジルに向かうことになった。

■ダラスで

成田からダラスまでの9時間、AA(アメリカン航空)60便、777機の飛行は快適だった。機長さんの腕ということになるのだろうが、西風を利用して、10時間の予定を1時間短縮した。音もなくランディングした時には、拍手したくなったほどだった。

ダラス空港では、テロ対策の影響か、思わぬ時間がかかる。乗り換えてサンパウロまでゆくだけのトランジットなのに、靴まで脱いで所持品を検査するほどだった。

日本にいて世界のことはテレビで見る生活がしばらく続いていた私のような年寄りでも、改めてアメリカという国の大変さを知った。それでもアメリカ人は気さくで親切。杖をついて空港内を歩く私に車いすを持って、使ったらどうかと言ってくれる。サンテレビに頼まれて、同行の本多さんがカメラを回すと、あちこちから私を見て何歳ですか、うちの親より若く見えるなどと言ってくれた。

サンパウロへ飛ぶ963便までの待ち時間に、レストランに入って、この原稿を書くことにした。実は空港のラウンジのテレビでブラジル対クロアチアの開幕試合を見るつもりでいたが、画面にはゴルフの全米オープンが映っていた。それでもスポーツニュースではネイマールのシュートなどを映してくれた。

私には縁遠いiPhoneで本多さんが経過を逐一教えてくれるので、いまさらまさに伝達手段の高速化「瞬時に世界中の情報を知ることのできる」時代にいることを改めて実感する。

その過程で78分にブラジル2−1を知る。リードされての逆転で盛り上がるだろう。クロアチアは引き分けたいと攻めに出れば、ブラジルの3点目もありうると思っていたら、アディショナルタイムで3点目が生まれたので、ちょっとニンマリ。点を取ったのが、ネイマールとともに私のごひいきのオスカルだから、もう一度ニンマリ。

工事の遅れやデモが大きく報じられて、完璧主義の日本人の目からは大丈夫かと危ぶむ声の多かった大会も、これで一気に盛り上がるだろう。王国ブラジルのワールドカップは1950年第4回大会のマラカナンの悲劇があるだけに油断はできないにしても、今日の夜のブラジルは喜びに沸き立っただろう。

大会は期待通り行われるだろうと言っていたFIFAのブラッター会長も笑顔のはずだ。

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コメント

サッカーマガジンが事実上廃刊になり、賀川さんもご高齢になられたので、W杯の旅の継続は無いものと思っていました。朗報です。

投稿: 烏球亭 | 2014年6月14日 (土) 18時23分

賀川さん
無事にブラジルに到着されているようで安心しました。
やはり賀川さんは現地でワールドカップを味わっていただきたいです。是非ともまた更新をお願いいたします。楽しみにしています。私の贔屓チームであるアルゼンチンの活躍はどうなることやら…私も日本で寝不足の一か月が続く覚悟です。

投稿: KG | 2014年6月14日 (土) 10時38分

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