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2013年11月

国際親善試合 ベルギー2-3日本 その1「ベルギーに逆転勝ち」

2013/11/24(日)

ザック監督の攻撃力アップが生きた

――オランダと2-2で引き分けた後、テレビのインタビューで選手たちは勝てなかった悔しさを語りました。その気持ちがベルギー戦でも出ましたね

賀川:高いレベルのチームを作るためには、まず自分たちの攻撃力に自信を持つことが大切です。どんなに押し込まれても、そのうちに1点取れるとか、うちのチームはどんな相手からでも2点は取れるのだという希望がなければ、労の多いサッカーのようなスポーツを90分戦って勝つことは難しいはずです。

――その点を取る形、あるいはコースをつくるというのが日本の攻撃力アップにつながるとザック監督は唱え続けてきた

賀川:2010年ワールドカップの時にあらわれた本田圭佑を軸に、香川真司を加え、徐々に攻撃陣が整ってきた。新しく柿谷曜一朗と大迫勇也がトップをつとめるようになった。清武弘嗣と岡崎慎司がその個性をチーム戦術のなかで発揮するようになってきた。もちろんボランチや両サイドの能力アップもあってのことだが、攻撃力は増してきた。

――ところがアジア予選以降の試合で、まずコンフェデレーションズカップの対ブラジル、対イタリア、対メキシコで3連敗の洗礼を受け、キリンチャレンジの対ウルグアイでは完敗したが2得点した。グアテマラ(3-0)とガーナ(3-1)という適当な相手との国内強化試合で、点の取り方を積み重ねた

賀川:ただし、その後の対セルビア、対ベラルーシの東欧シリーズで1ゴールもできず2連敗した。

チーム全体に気迫が出てきた

――メディアの論調も厳しくなった。出場できない選手の不満の声も出ていたとか

賀川:こんどの2試合は相手がオランダとベルギー。欧州でもスペイン、イタリア、ドイツに次ぐランクだから、選手たちにも危機感と緊張感があった。

――もちろんザック監督にも

賀川:ザックさんは勝っても負けても攻撃力アップの姿勢を変えず、チームも常に攻撃を志向し、前がかりの試合をしようとした。

――東欧シリーズはそれでも無得点でした

賀川:日本のサッカーはボールをつないで攻める。そのためにはまず走らなければならず、攻撃に人数をかけるから、展開途中でボールを奪われるとピンチになり、それを防ぐためにもまた余分に動くことになる。

――ランプレーが大切ですね

賀川:サッカーは本来楽しいものだが、勝つためにはまず「しんどい」が当たり前にならないと日本流は生きてこない。

――敏捷性を生かすためにも…

賀川:そのためにはコンディションが大切で、また試合中あるいは前・後半での選手の交代もチームがいいコンディションで試合をするために必要となるのです。

――対ベルギー戦のメンバーはオランダと違ったものになった

賀川:オランダ戦はGKはいつもの川島ではなく西川周作でした。ゴールキーパーはDF陣との連携が大切だから、控えにも実践の経験を積ませることが大切なのでしょう。DFは足の具合のよくない長友に代えて酒井高徳、右は内田に代えて酒井宏樹にした。CDFは今野を休ませ、森重真人を起用して吉田と中央でペアにした。サイドバックは長い距離を走ると同時に、ポジションプレーの習熟も身につけやすいところだから、若い二人の台頭を監督はチャンスと見たのでしょう。

――選手の競争心をかき立てるのにもよかったという声が多かった

賀川:ボランチは長谷部誠と山口螢。

――トップに柿谷を置き、第2列は清武、本田、香川でした

賀川:岡崎でなく、清武を持ってきたのは柿谷との相性を見たかったのでしょう。

――そういえばこの前に柿谷をCFに置く時の清武の話を賀川さんはしていましたね

賀川:パスのうまい彼が柿谷とどう組むかは誰もが見たいはずです。

――その先発メンバーで早いうちに失点しました。川島のポカと言えますね

賀川:ベルギーはキックオフ直後にロングボールを送って激しく攻めてきた。ミララスが右から中へドリブルして左足シュート(CDFに当たり、GK川島が取る)もあった。ベルギー側はやる気満々という感じだった。

ベルギーの速攻

賀川:日本の早いテンポのパス攻撃を受けて、日本ボールの時のベルギー側の攻から守への切り替えが早くなった。すると日本は横へパスをし、第3列から攻めを始める。そのボールを日本の攻撃陣が受けるところをつぶしにかかった。ファウルを含むタックルは厳しいものだった。80年のヨーロッパ選手権ではじめてベルギーが欧州の大会で上位で争うのを見て以来、この国の代表には親近感を持っているが、ホールディングやプッシングが多く、かつての激しいがフェアな印象と違っていたね。

――日本側も激しくいって、ファウルも多くなった。はじめの15分は日本の方がファウルを余計に取られた

賀川:接触プレーの相手の絡み方か、こちらはファウルをしても目立ってしまう。それでもファウルになってもつぶしに行こうという姿勢は気迫を見せていてよかった。

――そのつぶし合いのなかから15分のベルギーの先取点が生まれた

賀川:14分に左から香川が中へドリブルして、逆へ振ろうとしたとき、ぶつかられてボールがこぼれてから、1分間に3度ばかり取ったり取られたりの状態になった後、アザールが日本DFの裏へ長いボールを蹴った。

――原則通り…とテレビを見て言っていましたね

賀川:右サイドの酒井宏がドリブルしてすぐ前の本田にパスを送った。ボールが弱くて、受けるところをフェルメーレン足を出してインターセプトし、そのボールがアザールの足元へのパスとなった。アザールは右足のタッチでコントロールし、森重を背にして半身の構えからスルーパスを蹴った。ハーフウェイライン手前3メートル、センターサークル外2メートルの位置だった。アザールがトラップした時、ハーフウェイラインの8メートル日本側センターサークル近くにいたルカクがスタートし、左前方のスペースへ向かっていた。

80年来の「またか」

――ボールは左の広いスペースへころがり、俊足のルカクが吉田の追走より早くペナルティエリア左角近くでボールを取った

賀川:驚いたのは、川島がゴール前からそのペナルティエリア左角外まで飛び出してきたことだった。

――川島は自分が取れると思ったのですかね

賀川:90年ワールドカップでコロンビアのGKイギータのエリア外へ出ての守りが話題になったが、彼の場合は広い守備範囲が看板だったからね。今回は川島の判断よりもルカクの足の方が早かったし、スペースもあって、ルカクの方が有利だった。

――普通は切り返したくなるのに、ルカクはそのまま縦に川島を(吉田も)はずし、中へクロスを入れた

賀川:いくらルカクが早くても川島と吉田と2人でコースを限定すれば、クロスが来ても日本のDFの誰かが防ぐはずなのだが…
ゴール正面に戻っていた酒井高徳の背後からミララスが走りこんできて、酒井の前(ニアサイド)に入って左足で無人のゴールに押し込んだ。

――テレビに映ったザック監督の顔は「またか」という感じでしたね

賀川:私のような古いサッカー人には、1930年の対中華民国戦以来の「またか」ですよ。相手の突進力で日本の守りか個人力が対応できずに失点するのは、日本代表の「伝統」か「宿命」の一つでしょうね。

――アザールの縦パスに何か言っていましたね

スルーパスの定石

賀川:スルーパス、相手のDFラインの裏へ狙うパスを出す典型的なタイミングの一つだったからです。先のウルグアイ戦で1点目を取られたのも、DFからの裏へのロングパス、それを蹴るときの構えが、後方へ戻るようにして反転キックした左足のパスです。この時にも話したはずだが、2006年にオランダの試合を見たとき、ロッベンが裏へ走り、それへ出したファン・ペルシーのキックが体を横に向けたまま(前へ向かずに)左足でボレーだったことを覚えています。ライカールトも同じ形でスルーパスを出していたのを見ました。前を向いてからパスを出すのではなく、横向きのまま蹴るところにスルーパスの効果があるのです。

――それを受ける側もわかっていて早いスタートを切りましたね

賀川:サッカーの定石のひとつなんですが、その早いタイミングのオープンスペースへ足の速いルカクが来たことで、日本側があわてたのかもしれない。

――相手のDFのキックの姿勢をもっと注意して見ることですね。日本代表はこのブログを読んでいるのかな。まあそういう「またか」があっても、くじけないところが、このシリーズの日本代表だったと言えますね

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国際親善試合 日本 2-2 オランダ

2013/11/21(木)

――オランダに2-2で引き分けた後、すぐに話を聞いたら、今度は2試合を終わってからの片言隻句にしようということでした。WHY?

賀川:ファン・ペルシー抜きのオランダが相手でしたからね…ザックさんがずーっと求めてきたことは、世界のレベルの高い相手に何ができるかをチーム全体で確かめたいということでしょう。上のクラスと戦うためには、まず心と体の充実が大切です。今度のシリーズは中2日ですから、選手の体調によって交代起用ということもあるでしょう。

――いわば、代表の総力戦となるわけですね。控えの選手たちが起用されてどこまでやれるかということですね

賀川:面白かったのは、第1戦の対オランダは香川真司と遠藤保仁の代わりに清武弘嗣と山口螢が先発したでしょう。

――ザック監督が競争原理を導入したという人もいました

賀川:いずれにしてもオランダ代表が後半になって動きが鈍った時に遠藤、香川が入りました。2人のことだから前半の間にオランダの動きを見て、自分たちのすることをしっかり考えていたはずです。

――オランダの監督も後半に2人が入ってから変わったと言っていましたね

賀川:試合運びにこういうやり方もあることをザックさんは実際に示してくれた。

――大迫勇也を先発で起用したのは

賀川:大迫という選手は彼が鹿島に入ってからずっと誰もが注目してきました。私もサッカーマガジンのシーズン前の予想で毎年のように得点王の予想に彼の名前を挙げていました。

――一度も当たらなかったが、期待をこめてと言っていましたね

賀川:前田遼一より若く、いわゆるセンターフォワードとしてシュートもでき、パスもでき、ボールを受けることもできる。基礎的な技術がある。体の強くなるのを毎年見つめてきた。鹿島の方針かもしれないが、少し時間がかかった気もするが、今年は姿勢もよくなってゴール数も増えた。代表監督としては、柿谷とともにぜひチームに加えたいストライカーでしょう。


――オランダ戦は2失点しました。1点目はロングボールを内田篤人がヘディングで処理ミスをして、ファンデルファールトに先制ゴールを決められた

賀川:多くの日本サポーターはテレビの前で、また同じパターンで失点したと思ったでしょう。内田の気の毒な場面となったが…

――ハーフウェイラインから長いパス一本だった。ファンデルファールトのスタートが早く、ダッシュの勢いもすごかった

賀川:日本のサッカー全体の「バックパス」について、技術委員会あたりでもっと考えるべきでしょう。少し不利になるとすぐバックパスをする習慣があって、これが時にもっと悪い状態になることは98年ワールドカップ対クロアチアの失点以来、代表の失点のパターンになっているのです。ただし、今回はそういうことにひるむことなく攻める気持ちを持ち続けたのがよかった。

――口を挟ませてもらえば、2点目の失点、ロッベンが右から内へ持ってシュートするのは彼の定石なのだから、日本のDF陣にとっては反省課題になるでしょう

賀川:オランダのプレスが強く日本は苦労したが、パスをつなげばシュートチャンスを作れることも見せた。それでいて、2点を失ってしまった。ただし面白いもので、2-0としてからオランダはホッとした感じになり、勢いが止まった。

――前半44分の大迫のシュートは試合の流れから言って、とても重要でしたね。

賀川:0-2で前半を終わるのと、1-2で終わるのではずいぶん違います。相手ボールをいい位置で奪って長谷部誠がドリブルし、左前方の大迫へ送ったパスのタイミングもコースもよかった。長谷部が持って出たときに大迫が左前へ動いて相手のマークを外したのがすばらしかった。彼らしく自然にマークがずれるような動きで、そのスペースでボールを受けてダイレクトシュートを右足で決めたからね。

――オランダにとっては一瞬のミス、スキを突かれたことになる

賀川:大迫はそれまで2本シュートした。左から来るボールを左ポスト際でダイレクトシュート。もうひとつは右後方からのパスを右足だった。いずれも相手に防がれたが、こういうラッキーなチャンスをものにしたところが、今の彼の充実ぶりを示していると言えるでしょう。

――後半は日本が攻め、オランダが守ってカウンターの形になりました

賀川:日本が1点を取ったが、それ以上のゴールは生まれなかった。日本の2点目は遠藤の右へのロングパスを内田が受けて、これぞ日本代表という短いパスのつなぎから。内へ入った内田が縦にパスを出し、DFの足に当たって大迫に渡り、大迫が左へ流れながら右足アウトサイドで後方の本田にパス。本だが左足のダイレクトシュートをゴール右ポストいっぱいに決めた。

――内田が面目を発揮した攻撃参加でしたね。2-2となってからも日本にはチャンスがあり、香川の左足シュート、73分から入った柿谷のシュートもあった。前者はGKが防ぎ、後者は右ポストをわずかに外れた。

賀川:柿谷のシュート不成功は本人にとっても残念だっただろうね。

――オランダ相手に大善戦でしたが

賀川:いまのオランダはFWのファン・ペルシーとロッベン、そして中盤のファンデルファールト、N.デヨングが軸で、若い選手が多く、ヨーロッパのメディアはその点に不安ありとしている。この試合では、マンチェスター・ユナイテッドのストライカー、ファン・ペルシーが欠場していた。はじめに申し上げたようにこれが大きく響いていた。

――まあFWのS.デヨングはこれまでほとんど出ていなかったこともある

賀川:飛車と角のどちらかの駒が抜けているオランダだったから、2-2の引き分けも私はそれほどうれしくはなかった。だから第2戦を見た上で強化試合全体を判断したいと考えたのです。

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安倍さんのトルコ訪問 ―日本とトルコのサッカー―

2013/11/01(金)

賀川:2020年のオリンピック東京開催が決まったのは私たち日本のスポーツ好きにはうれしいことだったが、早くから立候補していたトルコが敗れたのは、実は私には驚きでした。これまでのオリンピックの理念でゆけば、アジアとヨーロッパの架け橋でもあるトルコの方が有利と思っていたからです。

――テロがあったりして、IOCは安全に大会のできる東京を選んだのでしょう

賀川:もちろん招致にすごい力を発揮した東京の関係者の努力あってのことですが、私にはトルコは少年期からあこがれの地だったし、大人になってからも一度ダーダネス海峡を見下ろしながらトルココーヒーを飲みたいなどと夢想した時期もあった。

――ふーむ面白い

賀川:少年期にトルコ近代化のヒーロー、ケマル・アタテュルク(ケマル・パシャと言った)の話を読んだこともあり、東京オリンピックの前に日本のレスリングがグレコローマン型の強化にトルコからコーチ、選手を招いた時に取材した経験もあったからでしょう。
――伝統的に、ロシアの南下政策に対抗してきたトルコは極東の日本がロシアの勢力に脅かされたのと同じ立場で政府も国民も反露親日になったとか

賀川:トルコ軍艦が紀伊半島沖で沈没した時の日本側の救助なども親日感情を強めるもとと言われていますが、そうした歴史だけなくサッカーも日本とトルコは深い縁でつながっていますよ。

――2002年日韓ワールドカップの第2ラウンドの1回戦で日本はトルコに0-1で負けました。宮城でです

賀川:トルシエの意味不明の選手起用があったにせよ、トルコは日本に勝ち、韓国に勝ってこの大会の3位になった。

――そういえば、稲本潤一がガラタサライにいたことがあります。すごい体験をしたと本人は語っています

賀川:そのガラタサライを1980年代に西ドイツのユップ・デアヴァル監督が指導し、ここからトルコのレベルアップが始まったことをご存知ですか。

――デアヴァルは西ドイツ代表監督で68年に西ドイツに釜本邦茂がドイツに留学した時、直接指導してくれましたね

賀川:74年ワールドカップは優勝監督シェーンのアシスタントで、彼の後を継いで西ドイツの監督となり、80年欧州選手権優勝、82年ワールドカップ準優勝の好成績をおさめながら、84年EUROでの1次リーグ敗退で代表監督を辞めたのです。

――きびしいですね。西ドイツは

賀川:彼はその後、トルコへ行ったのです。実はその84年8月に私が提案してヤンマーとともに釜本の引退試合をした時、デアヴァルさんを招待していました。それが代表監督を辞めて、すぐトルコへ行くので東京・国立の行事に参加できないと断ってきました。その手紙をいまでも持っています。デアヴァルはオリンピック得点王を教えて日本の銅メダルに貢献しただけでなく、日韓ワールドカップのトルコの銅メダルにも関係しています。

――ふーむ

賀川:そういうサッカーでも関係の深いトルコへ、ついこの間、日本の首相が訪問して、新しい欧亜を結ぶ地下道路完成を祝い、原子力発電所の建設の話も決めていた。

――アベノミクスをトルコまで持ちこんだ、大きな経済交流ですね

賀川:そこで安倍さんがトルコ大統領や高官との会話のなかで、ガラタサライを話題にしたかどうか。

――ああ、ちょうどチャンピオンズリーグが始まっていました

賀川:そうなんです。外国首脳と会う時、オリンピックと同様にサッカーも大切な話題のはずです。ガラタサライというイスタンブールの強いサッカーチームの話題を持ち出せば、一層首脳同士の親近感は高まるはずです。まして日本とトルコはサッカーで不思議な縁があるのですからね。

――オリンピック東京招致で、スポーツの社会での効果を云々する声が高まっていますが、サッカーの話題もまた、世界共通ですからね。

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