続 ブラジル戦~ひとりの個人力の重要さ
――ブラジルに完敗してから1週間たちました。サッカーマガジンをはじめ、専門誌で両チームの分析や、海外の反響など後追い記事が出ていました。このブログでも賀川さんの「ブラジル戦続」を聞きたいですね。
賀川:そういえば、少し間が空きましたね。ごめんなさい。あの試合は力が上のブラジルが先制して優位に立ったからと、とりあえず先制ゴールを詳述したのですが…そう、続をはじめましょうか。
――両チームの違いやプレーの内容などに入る前に1点目にこだわったのはなぜですか
賀川:格下のチームが格上のチームと互角に戦って勝つためには、まずゴールキーパーの超人的な働きが必要です。10月12日のフランス戦でも川島の働きがありました。
――フランスのテレビの司会者の福島原発にひっかけたような発言もあった
賀川:話が横にそれますが、フランスには日本文化への造詣の深い人もたくさんいる。ゴールキーパーの絵に描き加えるなら、原発の影響を想像するより、千手観音を思い出してもらった方がフランスらしい…余計なことかな。
――その川島が1点目を防げなかった
賀川:あのトーキックのシュートは予想するより半呼吸ぐらい早く蹴ることになる。それとゴールからの距離もあったから、おそらく川島は相手の動作がすべて見えているにもかかわらず、シュートのタイミングをつかめなかったのだろう。ゴールキーパーは一般論で言えばその試合の最初のシュートが自分の読みに合っていれば自身が生まれる。ましてジャンプしてセービングが成功すれば、調子があがるものでしょう。ぼくたちは旧制中学のころから、ゴールキーパーの予測を狂わせるのもFWの大事な仕事と思っていた。
――川島は、この先制ゴールの読み違いが後に響いたと?
賀川:アトランタオリンピックでブラジルを1-0で破った時は、川口能活がものすごい働きをした。72年前のベルリンでスウェーデンを破った時も、GK佐野理平さんが何度も防いだ。佐野さんは外国人の評論家から大会最高のゴールキーパーとまで言われた。
――そういうゴールキーパーの活躍が大敵に勝つ大きな要素のひとつですね。
賀川:その川島の神通力はこの試合では発揮できなかった。2点目がPKだったが、これを止めればまた彼も勢いづいただろうが、ネイマールがそうはさせなかった。
――そうでしたね
賀川:26分のこのPKの後に日本が攻めて、中村がエリア内で裏へ流して、香川がオフサイドになったのを見たでしょう。
――短いパスの攻めは成功しそうに見えた
賀川:ペナルティエリアのラインに並ぶブラジル守備線を短いパスで突破しようとする日本の攻めはバルサにも似ていた。しかしこの次にブラジルが日本のテンポとは全く違う攻めを見せた。
(1)左DFレアンドロのパスを中央で受けたラミレスがキープ。彼の右にパウリーニョがいて、日本は3人でこの2人を囲みに行く。
(2)ラミレスは背後から来る中村を右手で押さえつつ、長谷部と遠藤の間へパスを送る
(3)そこへ前方からオスカルが戻って受けて、左へドリブルしさらに左前方のネイマールへパス
(4)ネイマールは内にドリブルする。日本は吉田、今野、長友の3人がその前方に守備線を引く
(5)ネイマールはドリブルしつつ、DFラインの裏へ吉田の左側を通るパスを送り、内から外に駆け抜けたパウリーニョがペナルティエリアすぐ外で取る
(6)パウリーニョは前進守備の川島の前を左へ抜け、左足シュート。ボールは右ポストの外へわずかに外れた
――見ていてヒヤリとしましたね
賀川:機会あるたびに言っていますが、日本の攻撃はパスを多用するので、人数が多くなる。この日のように積極的に攻めてゆけば、後方に人数を残しておけない。もともと1対1の守りはアジア勢相手にでも1~2点は取られやすいものだ。今度はそれがブラジルですよ。スピードで突破されるのを恐れて間を開ける。すると相手は自在のパスを出すことになる。
オスカルから受ける前のネイマールの動作や、ドリブルのコース、同じスルーパスを出すにも、小さなフェイクが入っているのをスロービデオの画面でご覧になればとても面白いですよ。
――パウリーニョに2点目を決められたら、さすがにガクンときたでしょうね
賀川:PKそのものは、エリア内で右サイドのアドリアーノからのパスを受けたカカに今野がスライディングタックルにいき、その時、地面についた手でボールを止めた…つまりハンドを取られたわけです。意識的でないのだからハンドの判定はおかしいという声もあるが、ポーランドのレフェリーはハンドにした。この時のカカとアドリアーノのプレーも見事だった。
――アドリアーノはあのバルサの右DFですね
賀川:ゴールライン近くへ侵入し、大きく長友をかわして後方へのパスを送ったところは「さすが」という感じ。この時のカカの受け方も見事で、この日の彼はいよいよいい状態になっていることを示した。ここで言っておきたいのは、右利きの右サイドDFの彼も必要なときは左足を使ってプレーしていることです。日本の右サイドのDFで左足をほとんど使えない(使わない)選手が多く、私の嘆きのひとつですが、アドリアーノクラスはちゃんとできるのですよ。
――追々、個人能力の比較が出てくるのはありがたいが…
賀川:自分たちのFWが相手のDFに対して優位に立っているということを知れば、チーム全体がとても楽になるでしょう。日本でも本田がひとりいて、そこはすぐにはボール取られないとなると戦術の上でも気持ちの上でも手がかりができる。
――第1戦は前田がいなくて、ハーフナーという経験の浅いトップで、しかも本田を欠きましたからね。
賀川:第1戦の後で、選手もメディアも勝ちはしたがこれほど一方的に攻められるとは…と不満足のようでしたが、本田も前田もいなかったのだから不思議ではないのです。
――ボールをキープできて、またシュートチャンスを自ら作りシュートできる選手ですからね
賀川:話が本田選手のところへきたから書いておきますが、この彼不在のフランス戦と彼のいたブラジル戦で改めて日本チームでの本田の存在の大きさを多くの人に知らせただけでなく、チームのなかでひとりの個人力の重要さも多くの指導者に見てもらえたと思います。いま私がサッカーマガジンで連載している日本とサッカー90年でも、ちょうど69年に釜本邦茂が病のために代表を離れ、日本代表は70年ワールドカップのアジア予選で敗れたところを最近の号で書きましたが、40年前がレベルが低かったばかりではなく、サッカーのチームワークというのは、そういうところがあるのです。
――前田もいて、どこまでやれるかを見たいブラジル戦でもあった
賀川:中央でボールを受けられる日本人CF(センターフォワード)が本当に前田一人しかいないのかも問題ですが、2001年にセレッソの西澤がスペインに渡った時、森島はじめいい選手がいるのに中央でボールを止める西澤ひとりいなくなっただけで攻撃がダメになったこともありましたよ。前田だけでなく、守備力のある右のMF岡崎もブラジル戦でその効用を見たい選手でした。まあこういうことを言うのは、ブラジルのような相手と試合するためには攻撃と同時に守備力がどれくらい大切かを言いたいのです。
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