ロンドンオリンピック ブラジル女子代表戦
なでしこジャパン 2-0(1-0)ブラジル女子代表
◆強いブラジルに対してなでしこの本領発揮
――すごい試合でしたが、なでしこらしく粘って耐えて、無失点、技ありの攻撃で2得点しました。超しんどい試合だったが、みごとな勝利ですね。
賀川:なでしこの本領発揮でした。日本が最初に左から攻めて大儀見がボーれ―シュートした。速いプレッシングからの攻撃で、今日は調子が良さそうだと思ったら、このあと20分くらい押されっぱなしになった。
――ブラジル選手は動きは速く、パスも正確でどんどん前へ出てきた。
賀川:現地からの報道で、「相手は12人いるのか思った」という日本側の話があったが、まさにその感じ。ボクも、ブラジルはこんないいチームになっていたのかと思った。
――これはアカンと?
賀川:まあこちらは中学生のころから見た目に圧倒されながら勝った試合を何度も経験している。記者になってからも、日本代表が強いときもそうでなかったときも、苦戦、大苦戦の中での勝利を見て来ているから、アカンとは思わず、ほらほら正念場が来た…という感じだった。なでしこは、この前半はじめの守勢を防ぎきったことで、勝利への道を開いた。
――早いうちに左サイドからのアーリークロスにファーポスト際でクリスチアネがジャンプヘッドした。ボールは外へ外れたが、最初のヒヤリでした。
賀川:その後4分にFKがあって、マルタとフランシエレがボールの近くに立った。マルタがボールをまたいで、フランシエレが右足でシュートした。壁の中に入っていた黄色ユニフォーム3人が空けたスペースを通ってゴールへ飛んだ。GK福元の正面だったが、当然のことだがFKにもいくつかの「テ」を持っていて、しっかりやれるのだなと思ったね。ただし、ボクはマルタの左シュートをまず見たかったのだが…
――14分に大ピンチがあった。やはり左からの高いクロスでなでしこはDFも福元も取れずに落下したボールをレナタ・コスタがシュートした。
賀川:彼女ともう一人の長身選手が落下点のゴール正面に入っていた。日本側は人数はいた。競り合ったがヘディングできず落下したボールが相手の体に当たって後方へバウンドした。それをレナタ・コスタがボレーで蹴った。ピンチではあったが、このシュートは難しいもので、入らなくて当たり前だった。
――というのは
賀川:あのリバウンドボールをシュートするにはボールが自分のいい高さに落ちてくるまで待つことになるが、たいていは待ちきれないで蹴る。するとボールの下から力を加えるので、バーを越えてしまう。
――なるほど
賀川:ブラジル代表(男の方ですよ)のジーニョが日本戦で同じような局面でのボレーを決めたのを思い出した。今回のよりは余裕はあったが、自分のいい形になるまで、それもほんの一呼吸か半呼吸を待ってシュートした。(1995年アンブロカップ@リバプール)
――まだ女子はそこまでいっていないと
賀川:いや、マルタがあの場にいたらどうだったかね
――そのマルタがこの20分間にあまりめざましい働きではなかったように見えた
賀川:日本の2人のDFが彼女とクリスチアネをしっかり防いだ。澤も彼女たちを意識してよくつぶした。倒してファウルをもらったこともあった。ひとつには相手の勢いにこちらが押し込まれる形になり、狭い地域での攻防となった。そのためマルタのスピードあるドリブルを活かせるスペースがなくなっていた。
守勢のなかから、ときおり反撃に出たことも守りを助けた。得点できなくてもこちらがキープして攻め込む時間帯があれば、DFは一息つけるし、相手マークの確認もできる。
なでしこの攻撃のプレーヤーは守備もよくがんばったが、持ち前のパスワークや突進で、守り全体に息をつかせた。そうそう、10分に近賀が飛び出して、澤からのパスを追ってペナルティエリアまで走り込んだ。相手2人に防がれたが、相手をヒヤッとさせたはずですよ。
――そういえば、この動きあたりからブラジルの“圧倒”の感じが小さくなった。
賀川:25分にフォルミガのミドルシュートがあった。右足アウトサイドにかかってスライスするいいシュートだったが、福元にはキックの瞬間から見えていたから落ち着いて防いだ。
そのころに左サイドでスローインを3度続けて攻め上がったのも“なでしこ”は賢明だね。体はこれだけ忙しくても、頭もちゃんと働いていると安心したよ。
――スローインはオフサイドがないから、相手の一番嫌な、賀川さんの言うペナルティエリアの根っこまでいきやすいわけですね。
賀川:ハーフウェイライン近くで川澄とマルタが奪い合って丸谷ハンドがあった。彼女は自分から下がってボールをもらいに来たり、中盤でボールの競り合いに加わったりするようになった。だいぶイライラしているのだろうと思っていた。
――このFKを宮間が蹴って大儀見がGKの前でヘッドした。すぐ後に川澄のシュートもあった。
◆大儀見のスタートと丁寧なシュート
賀川:流れが日本側へ来始めたかなという時に、左タッチ際で川澄が倒されてFKとなった。ハーフウェイラインより2メートルくらい相手側、左よりの地点でころがってきたボールを澤が手で押さえ、FKをすばやく前へ送った。
ファウル地点はタッチライン際だったから、ボールのプレース地点はだいぶずれていたが、この早いリスタートが効いた。ボールは15メートル前方の大野を過ぎて、前方へ。それを左に開いていた大儀見が追った。
2人のCDFのラインをすり抜けたボールを大儀見が取ったのはペナルティエリアぎりぎり。追うDFとは2メートル以上開いていて全くノーマークで大儀見は右足でシュート。前進してきたGKアンドレイアの右を抜いた。
――スローで見ると澤が蹴るときには大儀見はスタートしていましたね。左タッチ近く、大野よりは後方だったから、オフサイドは全く問題なしだった。
賀川:まさに「あうん」の呼吸だが、澤のFKの位置がファウルされた地点とは少し離れていた。テレビのカメラはそれが気になったのだろう。最初の画面では澤のキックのすぐあとにレフェリーのアップになった。レフェリーは何か叫んでいるようだったが、笛を吹かなかったので、すぐ大儀見がボールを取ったところに切り替わった。おそらく本場のカメラは澤のキック位置からピンと来て、レフェリーをまず映したのだろうね。ボクは相手の意表をついて早くFKを蹴った澤と大儀見の呼吸になでしこの「チームワークのプロ」を見たが、カメラマンもプロだと思ったね。
――そうでしたか。
賀川:レフェリーのヘイキネンさん(フィンランド)はおそらく流れを止めたくないから、プレイオンとかとか何とか言ったのだろうが、杓子定規な人だったら蹴る前に位置が違うというかも知れない。澤の持つ運の強さかもしれませんね。
――大儀見も丁寧なシュートでした。
賀川:この27分のゴールで勝負は大きくなでしこに傾いた。私は今年のブラジル女子チーム闘争心の強いのに感心した。技術の高いこと、体もよく鍛えていること、さすがは王国、女子もどんどんレベルアップすると感じた。ただし、こういう状況になると、彼女たちの「負けん気」は逆にイライラという形になりやすい。
――なでしこの面々はそういう試合中の相手の心理も読めるのですかね。
賀川:彼女たちはその点、百戦錬磨ですよ。
――昨年から技や体力の進化がなくても調子が回復すれば、と言っていたのはそういう総合力あってのことですか
賀川:もっとも第三者の思惑に関係なく、この後もブラジルは同点にしようと強い意欲でプレーする。
――30分にクリスチアネが鮫島へアフタータックルしたのも、その闘志からくるイライラのあらわれですね
賀川:宮間の珍しいファウルで得たFKをマルタが蹴った左足のいいシュートだが、バーを越えた。彼女は右CKをニアに蹴ってゴールラインを割ったこともあった。前半の終了直前には左サイドの深いところでボールを取り、岩清水と向かい合ったが突破しようとせず、クロスを蹴った。おそらく近賀が後方から助勢に来たこともあるのだろうし、岩清水の手強さを知ったこともあるだろう。
――疲れていた?
賀川:そう、それもあったでしょう。1-0となってからのブラジルのクロス、ハイボール攻撃、どれもゴールにならなかった。
――後半、日本も攻め、ブラジルも攻めた。マルタが阪口と競ったところで、足を上げたとしてイエローを出されて、ものすごい形相をした。
賀川:彼女にすれば、足をあげているところへ阪口が頭から突っ込んできたと言いたいのだろうがね。その後の宮間のFKがオーバーした。ゴール正面のFKをマルタがほとんど助走なしで蹴ったが右へ外れた。一番のピンチは62分の左からのライナーのクロスをクリスチアネがヘッドで合わせたシュート。15センチくらいオーバーだった。
――後半このころからしばらくまた守勢一方となった
賀川:ブラジルは全員が攻撃マインドになっていた。
◆カウンターの範 鮫島、大儀見、大野の2点目
――耐えた後にビッグチャンスがきた。
賀川:左タッチ際でボールを取った鮫島が前方の大儀見へパスを送った。大儀見が空中のボールを胸にあて、相手DFと入れ替わるというすばらしい動作で前へ抜けた。大儀見は左足でDFの上を越える長いパスを送った。すばらしい判断とボールだった。
大野がペナルティエリア内の落下点で追いつき、トラップし、中へ切り替えして追走のDFを内にかわし、左足シュートを決めた。これもまた彼女の判断とシュート技術が発揮された見事なシュートだった。
――いくら攻めても点にならないブラジルと、鮫島から始まる2本の長いパスと、大儀見、大野の対敵動作とキックの力がまことに簡単に見えるゴールにつながった。
賀川:ウェールズの首都カーディフに居座って体を休め、いいコンディションで戦うという戦略は成功したが、監督はこの後大野に代えて安藤、さらには大儀見に代えて高瀬を送りこんだ。最後まで緊迫した試合は、監督と選手たちが描いた考えと願い通りの結果となった。
――ラグビーの聖地カーディフのミレニアムスタジアムから今度はサッカーの聖地ウェンブリーですね。
賀川:このスタジアムは昔はカーディフ・アームズ・パークと言い、99年の大改装で新しいミレニアムスタジアムとなったが、1896年に初めてイングランド代表とウェールズ代表の試合が行われたところ。サッカーの歴史でいえば、最も古い「国際試合」の会場でもあるのですよ。その地に女子サッカーの新しく強くなった日本とブラジルが、最高の試合を展開して、3つの世紀にまたがるスタジアムの歴史に新しい1ページを加えたことは、フットボール史のなかに残ることになるはずです。
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