バルサ流スペイン 攻撃の本領
――スペインに対してイタリアがどれだけ抵抗するかと期待していたら、スペインの完勝でした。
賀川:イタリアはドイツとの試合で、まさにイタリア的なゲーム展開で快勝して決勝に残った。スペインはその前の日にポルトガルに苦戦し、0−0のあとPK戦で勝った。その準決勝の勢いがどう決勝に向かうかと思ったら、スペインは教訓として生かし、イタリアは徒労を残したという形になりましたね。
――スペインはいい教訓にした。
賀川:選手たちの気迫がキックオフ直後のランにあらわれていたでしょう。動きの速さが違っていた。たてに出る動きが鋭く、またドリブルを多用した。中盤で短いパスをつないでボールをポゼッションというこれまでの感じからボールを動かしつつどんどん前へ突っかけていった。
――最初の2分間にファウルが2つあったが、ともにスペイン側だった。
賀川:最初はセルヒオ・ラモスがバロテッリを背後から倒した。2つ目は左ライン際のヘディングでシャビ・アロンソがイタリアのアバーテとジャンプヘッドで競り合った時だった。イタリアはファウルも辞さない激しいタックルで知られているが、スペインも昔からこの点ではひけを取らない。その強さを示したね。
――近頃はパスワークに目がいくが
賀川:なにしろ、ディエゴ・マラドーナがバルサに入った時に痛めつけられて半シーズン働けなかったところだからね。そういう激しいリーグで育ったスペイン代表のこの日の覚悟というか、意気込みがこのあたりにもあらわれていた。
――イタリア側へのデモンストレーションでもあったか?
賀川:今日はともかく負けないという気持ちの表れでしょうね。そのキックオフ直後のスペイン側の激しさと前へゆこうという姿勢に、今日はこれまでと違うという感じを受けた。
――最初のシュートはイタリアのピルロでした。
賀川:左サイドに開いたカッサーノのところで何人かが奪い合って、そこから出て来たボールをピルロがシュートしたが、威力はなかった。
――激しく早くがポルトガル戦の教訓のひとつ?
賀川:準決勝でFWにアルバロ・ネグレドを起用してうまくゆかなかった。それまでもワントップかゼロトップかという言い方で、日本の専門家たちも議論していたが、形の問題ではなくプレーの質の問題だと私は思っていた。異質の選手、大型のCFタイプを置くのはいいが、その時もプレーのレベルは同じでないとね。監督さんは、考え直したのだろう。メンバー表ではセスク・ファブレガスをトップに置いているが、彼は戻ってボールを受けるし、サイドへも出てくる。彼のいなくなったスペースへ誰かが入ればいいのだからね。
――バルサへセスク・ファブレガスが帰ってきたとき、何故中盤の選手ばかりそんなに集めるのだろうか…と疑問を持ったものも少なくなかった。
賀川:ちょっと横道にそれるが、これは今度の大会を通じて恐らく誰もが再認識したことのひとつに「サッカーはボールを止めて蹴ること、そしてボールを運ぶ(ドリブル)」の個人技術の高さで決まる…ということでしょう。
――昔からの当たり前の話ですが、スペインはまさにそうでした。
賀川:止める、蹴る、かわす、と、どのレベルでどの高い質で行うかということですよ。スペインの多くのプレーヤーはその技術を持っている。それを発揮するためのランプレーであり、選手の組合わせであり、フォーメーションであるわけです。
――それが一気に吹き出したのが1点目でした
賀川:7分までに25メートルのFKがあり、右CKがあり、スペインのチャンスが増えはじめた。
――イタリアは4DFのラインの前に4人が守る2段構えだったが…
賀川:一見厚く見える守りだが、イニエスタ、シャビ、シルバ、そしてセスクの目まぐるしい動きと両サイドを使った幅広い展開に第2列がちょっととまどったのかな。その最終ラインと第2列の間に入ってくる相手を第2列が戻るのではなくて、最終ラインの誰かがマークしにゆく、そうするとスペインが後方から飛び出してそのスペースへ走り込んでくる。
――日本なら長谷部や遠藤がカバーすることもあるが…
賀川:入ってくる選手がシルバでもイニエスタでもセスクでも、誰でも高速で走り込んで、自分ノところへ来たボールをピタリととめて、自分のものにする。だからタックルに行っても確実に奪えないで、リバウンドのボールが危険地帯に転がる。そこへまたスペイン側がやってくるという形になる。
――10分過ぎにイタリアが攻めたが、モントリーボが倒されてレフェリーボールになって中断した。ちょっとイタリアがたち直したように見えたが、14分にスペインに先制ゴールが生まれた。
賀川:このゴールの発端は
(1)相手のロングボールが直接カシージャスに来て
(2)彼からセルヒオ・ラモスに渡り、ここでひとつパス交換のあと、一気に右へロングパスが出て、
(3)ハーフウェイラインを越えた10メートルのところで右DFのアルベロ・アルベロアに届いた。
(4)アルベロアは内側のシャビに
(5)シャビはターンして、内へドリブルし、イニエスタに短いパスを送る。
(6)中央ゴール正面30メートルで受けたイニエスタはペナルティエリア内へスルーパス
(7)イタリアのキエッリーニの内側を通るパスにセスクが走ってキエッリーニより早くボールを取り、ゴールラインから
(9)中央後方へクロスを送る
(10)このライナーのクロスにシルバが走り込んでヘディング。ボール矢のようにGKブッフォンを抜いてゴールに飛び込んだ。
――左から右への大きなサイドチェンジとその後の細かい縦の動きの後のスルーパスですね。
賀川:横に大きく振った後、短く相手DFラインの前で横にボールを動かして、守る側の足を止めておいて、ボールを注視させる。そしてイニエスタのスルーパスが入る。しかもスルーパスだぞ…という感じで彼独特の「なにげない風」で右足でボールをピシャリと叩いた。コースもスピードも文句なしだった。
――セスクがいい位置にいて、スタートしたからキエッリーニの反応が一瞬遅れて、それが深いところへの食い込みを許した。
賀川:これこそバルサ、スペインの攻撃だった。シャビとイニエスタの2人がゴール正面25メートルでガチガチにマークされずにいたのだからどんなことでも出来るのだが、今回は一番効果的な裏にスペースのあるタイミングを選んだのだろう。もちろんこれは、見ている第3者の後からの解釈で、彼らにとっては「とっさ」の判断ですからね。セスクのスタートもすばらしく、まさに「あうん」の呼吸というところですよ。
――キエッリーニに代わって、イタリアはフェデリコ・バルザレッティ(6番)を入れました。故障のためですね。故障を抱えた選手も何人かいたけども、27分にはクロスのチャンスがありカッサーノがエリア内左からのシュートもあった。
賀川:カッサーノのシュートは惜しかったね。30分頃までイタリアの同点への意欲が見られて試合は緊迫感があってとても面白かった。バロテッリのロングシュートもあった。
――互角の形が続いていたときにスペインの2点目が出た。
賀川:41分のジョルディ・アルバのゴールだった。シャビのスルーパス1本、アルバの長い疾走というシンプルな攻撃で、その発端はカシージャスのロングキックからですね。イタリアが仕掛け、左サイドを攻めたのをスペインが防いだ。シルバが持って出て、シャビに渡すとシャビは自陣35メートルからGKへバックパスした。そしてカシージャスのキックです。
(1)カシージャスは左足のキックで左サイドタッチラインへ蹴った。左に開いていたセスクがハーフウェイライン近くでヘディングして、後方から走り上がるアルバに渡した。
(2)アルバは内側のシャビにパスを送り、シャビがドリブルで進む。イタリアはDFが4人いた。
(3)ドリブルでシャビが進む横をアルバが追い抜き、2人のDFの間を走り抜ける。
(4)その前へシャビからのスルーパスが通った。
(5)アルバはこのボールを左足でニアサイドで流し込むように決めた。
――アルバの長い疾走にシャビのパスがピタリと合った。
賀川:アルバはMFだったのをバレンシアの監督がウイングバックとして起用するようになり、代表でもその攻撃的な能力を期待されていたという。それが決勝のこの場面で生きた。走り勝ってゴールキーパーとの1対1になったときも落ち着いていた。スローを見ると、小さくボールを浮かせるようにキックしゴールキーパーにとられないよう気を配っていた。
――そこへ出て来て何が出来るか、いつも賀川さんが言っていることですね。落ち着いてボールを蹴る技術ですかね。
賀川:このゴールは、そこに到る過程でも、相手の攻めをしのいで互いにほっと一息ついたわずかなスキをつかんだスペインのうまさが光っている。
――賀川:故障車が多いこともあるだろうし、ドイツとの大激戦で疲れていることも(イタリアは中2日、スペインは中3日)あるかもしれないが、筋肉隆々のイタリアDFが軽快に奪取するアルバ、早いモーションで精密なパスを出せるシャビというスペインの小型選手特有の“すばやい”プレーについていけなかったのだろう。
――前半で2−0
賀川:スペインの守備力と全体のキープ力、チームのこの日の調子から見て、勝負あったということですね。
――もちろんサッカーは90分。イタリアのがんばりや、メンバー変更での後半の巻き返しが期待されたのだが…
賀川:日本のイタリア好き、イタリアサポーターには後半は語るにしのびないという感じになるのだが…・
続く
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