« 2012年6月 | トップページ | 2012年8月 »

2012年7月

ロンドンオリンピック スウェーデン女子代表戦

2012/07/31(火)

なでしこジャパン 0-0(0-0)スウェーデン女子代表


◆技と力 好試合を演じた両チーム

――0-0の引分けでした。

賀川:とても面白い試合だった。パスを組み立てて、守りを崩してシュートにもってゆこうとするなでしこと、そのボールを奪ってドリブルで突進し、ロングボールでゴールに迫るスウェーデンという異なったスタイルの攻撃がめまぐるしく繰り返された。

――サッカーの母国イングランドの人たちの女子サッカーへの興味を高める試合といえますね。

賀川:前半はなでしこのシュートが2本、スウェーデンは4本、後半は日本が8、スウェーデンも8だった。後半の攻防がとりわけ面白かったが、前半の鮫島彩のシュートとヤコブソンのシュートにも互いの特徴が出ていた。

――鮫島は左外から中へドリブルして、右足でシュートして、GKがキャッチした。

賀川:ペナルティエリアの左角から少し内側へ入ったところからのシュートで、この位置からはシューターの定石として(1)右ポスト(遠い方のゴールポスト)の内側を狙うか、(2)ニアポスト側を狙うかの2通りのコースを持つのが定石。彼女はニアを狙った。コントロールされたシュートだったが叩きつける強さに乏しく、GKがキャッチした。

――ヤコブソンは右サイドから内へドリブルして左足で蹴り、ファーポストの外へ外れた。威力があり、場内がどよめいたのがテレビ画面から伝わってきた。

賀川:彼女はペナルティエリア右角の少し内側あたりからの左足シュートだが、ここからなら鮫島の逆で、左ポスト内側いっぱいを狙うコースとニアポスト側に叩きつけるのと2通りあるのだが、ファーポストの方でボールは飛んでいった。

――常識的に左足でフックボール(内側へ曲がる)でなく、アウトサイドにかかって、外へスライスしていった。

賀川:つまり鮫島はコントロールシュートだが球に強さがなく、ヤコブソンは威力のある球だがコントロールされていなかった。

――お得意のシュート理論を展開してほしいところですが

賀川:いや、その技術云々は別として、一方はコントロールする技術を、もう一方には叩きつける力があるとみるところが面白いのですよ。この距離と角度からのシュートがゴールに結びつくためにはどちらももうひとつ工夫がいるということですよ。

――技と力をシュートの場面で見ましたか。スウェーデンには、一人いいシューターがいましたね

賀川:8番をつけたシェリンでしょう。一本、右で蹴ってGK福元美穂の正面へいったのがあったが、いいストライカーですね。日本側の2人のCDF岩清水梓と熊谷紗希が彼女をシュート1本におさえたのがこの試合でのポイントのひとつだった。

――そう、こちらのミスを奪って出てくるときのスウェーデン側の勢いはすごかったが、そういうピンチにもなでしこのディフェンスすばらしかった。

賀川:シュートコースへ入って体で止めたのもあり、シュートチャンスにタックルに入ってつぶしたり、本当にいい守りでしたよ。

◆澤のコンディションは

――大儀見に後半2本のシュートチャンスがあった。

賀川:後半15分から10分ばかりの間にチャンスが続いた。左サイドの川澄奈穂美~大野忍、そしてエリア左根っこからの「もどしのクロス」が澤穂希に渡ったのはすばらしかった。澤は左足ダイレクトで蹴ったが、蹴ったというより足に当たったという感じだった。

――パスのボールの問題

賀川:調子のいい時の澤ならなんとかできたはずだが…第1戦である程度はできた。そのコンディションが維持できているかです。

――本番の第1戦に出場するまで、大変だったからそこでぐっと疲れが出たのかも

賀川:まあ、監督、コーチ、トレーナーの優秀な人がそろっているから、なんとかいいコンディションに持っていってほしいね。

――彼女に代わって田中明日菜、大野に代わって岩渕真奈が登場しました。

賀川:田中が入って中盤での運動量が上がってから攻勢が続いたでしょう。

――左サイドだけでなく、右サイドからも攻めましたね。

賀川:近賀ゆかりは斜め前に送るクロスのタイミングと、コースを掴んできている。大儀見にはいいパートナーになりそうだ。

――テレビで宮間あやのプレーにブツブツ言っていましたね。

賀川:チームを仕切っている感じはいいが、ちょっと一発でのキラーパスにこだわっている感もある。彼女にとってもこの大会は、もう一段のステップアップの大切な試合が続きますよ。

◆ボールが走らない芝への工夫

――チーム全体に芝の影響があるのでは

賀川:さきほどの近賀のパスなどは、ちょっとスピードが鈍っているように見える

――全体になでしこのパスが弱くてカットされることが多かった。

賀川:まあサイドキックのせいもあるが、近賀の場合、遠い距離からのクロスやパスでなく、もう少しパスの起点を近づけて(内側にする)ことも考えるべきでしょう。

なでしこの選手たちは経験が豊富で適応力があるはずだから、この程度の芝の滑りの違いをハンデだと思わない方がいい。それよりも大儀見に少しボールが集まって左右に広く散らすという感覚が薄れている気がします。

――ともかく1勝1分で勝点4をとった。準々決勝へ出られる見込みがついたのだから。それにしてもF組何位でゆくかとか、この試合は勝った方がいいのか引き分けた方がいいのか、という話が試合直前に監督の話としてメディアに載ったのは驚きでしたね。

賀川:準々決勝ではF組の順位によってフランスのような強い相手と当たることも考えられる。次の組合せを監督やコーチがいろいろ考えるのは当然ののことですよ。選手はどの試合も勝ちたいのは当然だが、コーチはいかに有利に勝ち上がるか、試合会場の場所や相手との相性を考えるものですよ。ただしそれは監督、コーチの胸のなかの話だけのこと。

――それがメディアやインターネットに出て選手はそこで驚かされた。

賀川:それが今様(いまよう)ですね。まあ、メディア側が監督の胸の内を探ろうといろいろ仕掛けるからね。

――1968年の釜本邦茂、杉山隆一たちのメキシコ五輪銅メダルチームにも1次リーグで引き分ける作戦がありましたね。

賀川:第1戦を勝ち、第2戦に強敵ブラジルに先制されたのを追いついて引分けにして、1勝1分。第3戦は強いスペインだった。これに勝てばこの組の1位で準々決勝は開催国メキシコと当たる。2位になれば、フランスと対戦する。長沼健、岡野俊一郎の監督・コーチはフランスの方がやりやすいと見た。しかしスペインに負けると、もうひとつのブラジル対ナイジェリアの試合結果次第で三すくみになることもある。

――だから第3戦の試合の進んでいる途中で決断した

賀川:引分けを狙っても負けては困るところに、この時の難しさがあった。

――結局、引き分けて狙い通り2位となり、準々決勝でフランスに勝ってベスト4へ進みました。

賀川:この試合中のな監督の指示や選手の反応にはとても面白いエピソードがある。ここでは長くなるので、ちょうどサッカーマガジンで連載中の「日本とサッカー90年」がこの時期に来ているので、そこを読んでもらうことにしましょう。

――まあこの時は直前まで監督の心の中はメディアに出なかった。

賀川:なでしこは団結して取り組める明るさと大らかさがある。まあ、どんな相手にも勝ちにいくという選手の気迫が大切で、勝つためにはどのプレーが必要かという技術的な積み上げをチーム全体でしてほしいね。

オリンピックの本番でひとつひとつ勝ってゆく難しさはすでに見えている。なでしこもU-23も期待が大きいだけに大変だが、今の気迫を続けてほしいね。

固定リンク | オリンピック | コメント (0) | トラックバック (0)


ロンドンオリンピック スペイン代表戦(後半)

2012/07/29(日)

――後半は相手が10人だからもっと楽になれると思ったのですが苦しい試合でした。

賀川:前半のタイムアップ直前にもプレッシングからゴールのチャンスがあったが、得点できなかったけれど、後半への期待は高まったのは確か。

――相手が10人だからこちらへのプレッシングが少なくなる。宇佐美を出して、得意のドリブルで数的優位をさらに増やすということは考えなかったのですかね。

賀川:そう思った人もあるでしょう。調子がどうか、メキシコ戦の前半には動きが悪く、後半に齋藤学に代わってしまった。

――その齋藤が故障した大津に代わって投入された。

賀川:キックオフから前の選手は相当な運動量になっている。スペイン選手との接触で痛めつけられてもいる。試合の形は10人のスペインがゴールをキープして攻め、それを11人の日本が防ぐという面白い形が続いた。

――10人が攻めてくるから、11人の方のチャンスは増える。

賀川:こちらのシュートチャンスの後に相手の攻めがあって、全てスリル満点でした。スペインとすれば、なんとか同点にして勝ち点1と考えたのだろう。

――25分、酒井宏樹が左足を痛め、いったん場外へ出て戻りはしたが、またダメとなって酒井高徳が入った。

賀川:こうなると、監督としては攻撃的な選手を入れて、もう1点を取るというよりも次のけが人のことも考えなければいけないし、むずかしくなったね。

――スペインも結構ファウルしますからね

賀川:このごろのバルサのプレーからサッカーの技術大国スペインという印象が強いが、かつては激しいプレーで有名だったからね。

――EURO2012のイタリアの決勝でもイタリアのお株を奪う激しいファウルもありましたね。

賀川:1982年にバルサに移ったディエゴ・マラドーナがファウルで半年間プレーできなくなったこともあるところですよ。その気になれば、ずいぶん激しいプレーもしますよ。

――あと10分というところで、スペインは3人目の交替を入れた。ともかく点を取ろうとする気迫はすごいですね。

賀川:日本の守備はこの試合ではほぼ完璧に近かった。吉田、鈴木、徳永が落ち着いていた。あと5分のところで扇原に代えて山村和也を入れて逃げ切りを図った。

――その直後に永井が再び突破してノーマークシュートした。左足で蹴ってGKに当たってCKになった。

賀川:これだけのチャンスをつくって、点が取れないとチャンスをつくったことより決められない方が記憶に残る。せっかく攻撃陣がすごい働きをし、守りに大貢献したのだから、もう1点取ってほしかったのだが、、

――シュート力不足ですかね

賀川:これについては、別のところでも既に触れているが、まず今日はこれだけの重労働をしたのだから、別の機会にしましょう。そう、タイムアップ前に山口がノーマークになって、ボールにつまづいくようにシュートミスしたが、ぼくは山口が力を振り絞って相手ゴール前まで出て行ったことに感心したね。

――グラスゴーのスタジアムに集まった観客は10人対11人の力を出し尽くした試合を見て、そのゴール前からゴール前のスリルを十分に味わってくれたのじゃないですかね。サッカーの母国でのオリンピックの人気盛り上げにもとてもよかったと思いますよ。

――第1戦で勝ち点をあげた後、次の第2戦が大切ですね。

賀川:そう。アトランタ五輪でブラジルに勝った後、第2戦のナイジェリアに敗れましたからね。ナイジェリアはブラジルに勝った日本というのではじめは警戒していたというより、ビビっていた感じがあったのに、こちらも消極的になって負けてしまい、このため第3戦に勝って2勝しながらグループから抜け出せなかったこともある。

――68年のメキシコ五輪はナイジェリアに3−1で勝ったあと、次のブラジル戦は0−1でリードされながら、1−1の同点で引き分けた。これが効いて次のスペイン戦も引き分けて準々決勝に進みましたからね。

賀川:サッカーは何が起きるかわからない。次の試合、しっかり戦ってほしい。けが人もあり、疲れもあり、ここからが正念場です。モロッコ戦を期待しましょう。

固定リンク | オリンピック | コメント (0) | トラックバック (0)


ロンドンオリンピック スペイン代表戦(前半)

2012/07/28(土)

U-23日本代表 1-0(1-0)スペイン代表


――すごい試合でした。U-23日本やりましたね。スペインに1-0。

賀川:選手と監督で考え、実行したゲーム運び通りになりましたね。これも日本でのキリンチャレンジカップにはじまった準備試合、英国に来てからの 対ベラルーシ、対メキシコと実にいい相手と戦った。第3試合のラストで力が上のメキシコを相手に2-1で勝つことができた。監督も選手も一体となって戦えばどことやっても負けないぞという気になっていたでしょう。

――NHKの試合直前にも山本昌邦さんが選手の気構えが顔にあらわれていると言い、相手チームの選手個々についての特徴も細かく説明し、強い相手 だがゆけますよ、という話でした。

賀川:山本さんが相手のことに詳しいということは日本代表チームのスタッフも十分に相手の研究を積んでいるということですよ。事前の偵察はこちらの方が進んでいたはずです。

――はじまってすぐニヤリとしていた

賀川:中盤で相手とのボールの奪い合いに勝って、左へ大きく振って、永井がボレーシュートした。シュートはうまくヒットできずにGKの正面にころ がったが、シュートはともかくボールの取り方がよかったからね。

――それでも5分にペナルティエリア左角の外からスペインのシュートがあった。

賀川:ああ、右ポストの外へ出た。やっぱりボールを止め、味方に渡す技術はしっかりしている。ディフェンスラインの外からのシュートだけでなくエリア内へのスルーパスも出始めた。うまいなあとは思ったが、日本の嫌いなロングボール攻撃でなく組織攻撃だから日本も対応できそうだった。なんといってもシャビやイニエスタがいるわけじゃないからね。

――そういう攻めに対する守りの安定が見られるうちにチャンスもあった

賀川:メキシコ戦で相手のミスもあって相手陣内のエリア近くでボールを奪って右へまわし、そのクロスを東が決めたでしょう。

――あれで高い位置からのプレッシングの効果を肌で感じた

賀川:どこの国の代表であっても深い位置でプレスにこられるといい気はしない。その効果はわかっているが、体力的にきついからプレッシングはもう少し後方からになっている。それをこの日はペナルティエリアにまでプレッシングに行った。

――スペインのサッカーはクライフのオランダ流でDF間のパスのやりとりもありますからね。

賀川:そこへプレスにゆく。永井の速さにまず相手は驚いたに違いない。

――永井は6月のグランパスの試合でも走り回る、という感じだった。

賀川:速いだけという感じから体が強くなって相手との接触プレーにも強くなってきた。

――縦の速さを攻撃に活かそうということだったが、その速さは守りにも効果があった?

賀川:そう、高い位置のプレスというのは守備的攻撃というのか、攻撃的守備というのか、奪った位置によって、すぐチャンスになるからね。永井自身もその面白さに気づいたのだろうね。

――ボールキープはスペインだが、シュートの数は日本という感じだった。

賀川:25分ごろにマタの左足シュートを権野がセービングでCKに逃げたのがあった。いいシュートだがマタの蹴るところも権野から見えていたから大ピンチというほどでもなかった。その前と2度のカウンターで永井が1本は左から、2本目は右からとチャンスを作った。前者は左からのクロスを防がれ、後者はエリア内で切り返しでかわそうとしたのを奪われた。

――ノーマークのチャンスのつくり方としては日本の方がうまいようにみえた。

賀川:ここまでくるとフィニッシャーとしての技術や経験がポイントになる。これまでは永井はフルタイムで使われていなかったでしょう。秘密兵器的存在で、後半になって相手が疲れた時にスピードで威力を見せようという程度でストライカーとしてのシュートの形や反転、スワーブあるいはスクリーニングやドリブルといった訓練をどれだけ積んでいたかということでしょうね。

――速いということが万能薬みたいになっていましたからね。

賀川:速さはすごい才能のひとつ。その速さで重大な場面に顔を出したとき、そこで何をするのか、何度できるのか、そのために本人の身にどの技術をつけるかが大切なのでしょう。

――グランパスでは点を取りました。

賀川:そのフィニッシュの力がこのオリンピックで通じるかどうか、この日は目一杯に動いたから、この後もたくさんのチャンスがありながら彼は無得点に終わった。

――視察したザッケローニさんがもう1、2点取ればと言ったと新聞にのっていた

賀川:誰もがそう思うでしょうし、そのことは彼が一番身にしみているはず。自分で上手になってゆきますよ。いや、大会中にもっと点をとるようになる可能性もある。ひとつ何かをつかみさえすればね。なにしろ彼ほど速くて強い選手は世界にもそういないのです。

――相手のパス攻撃も上手だが、日本のカウンターも効果ありそうとテレビの前で私たちが希望を持ちはじめたときに、右CKから待望のゴールが生まれた。CKはカウンターの産物でした。

賀川:33分にスペインが右サイドの深いところからファーポスト側へ高いクロスを送った。酒井が相手と競って再び高く上がった。落下したボールをスペインはオーバーヘッドでシュートを試みたがゴールへは飛ばずにエリア内の左へ落ちてきた。
(1)このボールを徳永があわてずに落ち着いて前方の清武へパスしたところからカウンターの攻撃がはじまった
(2)清武がヘディングで前へ送る(ヘディングした後、突き飛ばされて倒れる)
(3)それを東がとってドリブルで右斜めに進み
(4)ペナルティエリア15メートルのところから右へ振り
(5)リターンパスをもらって右からクロスを蹴り、相手に当たって右CKとなったのですよ。

――DFからボカーンと蹴るのではなく、徳永がパスをつないだのが、まずひとつのポイント。それをうしろへ戻すことなく前方へ運んでいった。

賀川:3人いた相手のDFは永井の突破が怖いものだから、ボールを奪いにこないで後退した。だから東が深いところでクロスを蹴ることになり、コーナーキックとなった。

――キッカーは扇原でした。

賀川:オーバーエイジの徳永がベテランの落ち着きでカウンターのチャンスをつくったのだが、このCKにはもう一人のオーバーエイジの吉田の長身が効果があった。

――扇原の左足のキックはゴール正面に落ちてきた

賀川:吉田の動きにDFが引き寄せられ、ポカリと空いたスペースにボールが落下し、そこへ大津が走り込んできた。DFとの絡み合いを振り切ってのダッシュで足下に来たボールを押し込んだという感じだった。GKも飛び出せなくて大津のシュートに足を出したが防げなかった。

――大津はアジア予選でも大事なところで得点してきた。ドイツでは試合に出る回数は少ないのに、それでもフィジカルの強いところでの接触プレーにに強さが出たのですかね

賀川:なにより、ゴールへの意欲が強いという印象ですね。これで試合は一気に有利になった。

――そして40分のカウンター攻撃で永井の突破をファウルで止めたマルティネスが退場になってスペインは10人になってしまった。

続く

固定リンク | オリンピック | コメント (0) | トラックバック (0)


ロンドンオリンピック カナダ女子代表戦

2012/07/27(金)

――なでしこが初戦に勝ちました。2-1です。

賀川:欲を言えばもう1点くらい欲しいところだが、グループリーグの第1戦で勝ち点3を取ったのだから、まずは申し分ないといえるでしょう。

――アメリカとフランスとの前哨戦の完敗で心配する人もいましたが、この試合で懸念は消えましたか

賀川:まだまだ不満はあるでしょう。それは選手自身もよくわかっています。ただ澤穂希が彼女らしいプレーを取り戻しはじめていたのが、本番に入ってやっぱり澤だというプレーを見せましたからね。

――何といっても、昨年のワールドカップ最優秀選手、FIFAでメッシと並んで2011年の賞も受けた人ですからね。1点目も彼女のパスから生まれたものでした。

賀川:パスの経路としては、極めてシンプルなもので、
(1)左タッチのスローインを澤が投げ
(2)受けた大野忍が澤へリターンし
(3)それをもう一度澤が“走る”大野の前へ落とし
(4)大野がエリア内の深いところでキープ
(5)左外から走り込んできた川澄奈穂美にソールをを使ったパスわ渡す
(6)そのボールを川澄が右足アウトサイドを使ったトラッピングで止めて、シュート角度を少し広くして
(7)ゴールキーパーの右側(川澄から見て)ファーサイドのネットで高いシュートを決めた

――シュートにかかる川澄のプレーがすばらしかった

賀川:大野のソールパスを受ける時にはシュートだと決めていたのでしょう。トラッピングからシュートへかかる動作が速くて美しかったね。まあ彼女の力からすれば、当たり前みたいなプレーだろうが…

――パスのコースがシンプルだったと

賀川:澤が投げて、そのリターンをもらって、また前へ送る。澤から最初にボールをもらった大野が澤にもどして、自分はすぐ前へ走りだす。言ってみれば、ワンツーパス、サッカーで言えば1930年代あるいは20年代の旧制神戸一中がやっていたパスの基本中の基本。最初にパスを受けた大野がリターンパスを出して、すぐ走り出すのも何十年前からのパターンですよ。ただしその極めてシンプルなボールと人の動きのなかに、やはり女子の世界最高にあるなでしこらしい技が入っていた。

――澤さんのフワリと浮かせたパスですね。

賀川:大野の走るコースをマークしていた9番のライトと競りながらスワーブして目的地へ向かっていた。相手のDFも2人いたから、グラウンダーのパスより浮かせた方が取られないと澤は判断したのでしょう。そしてまた、グラウンダーよりもフワリパスの方が到達するのに少し時間がかかるから、大野には受けやすいとの配慮もあったはず。

――そのあたりが同じシンプルなパスでも丁寧さがある。

賀川:そう。大野がゴールを受けた時には川澄がペナルティエリアとゴールライン際、私の表現では「エリアの左根っこ」だが、そこへ走り込もうとしていた。

――相手の守りの一番痛いところですね。

賀川:これも1930年代からの日本サッカーの定石なんだが、その川澄のh知り込みにあわせて、大野はマーク相手を背にしてボールをコントロールし、ソールで自分の身体の後方へボールを動かした

――完全に相手の意表をつきました

賀川:バルサでイニエスタがいろんな形でパスコースを変えるでしょう。それと同じ効果、いや今回の相手にはそれ以上の効果があった。

――ふーむ

賀川:DFのライトは大野をマークし、ボールを受ける所からずーっとついていて、少し遅れ気味に走っていた。だから大野が弾むボールをゆっくりコントロールしている間も、その後方にいて監視するだけで、川澄が走るのは視野に入っていなかったのじゃないか。

――他の選手だったら

賀川:うーん、大野と川澄の両方を視野に入れる位置のDFもいたのだが、マンマークで最後までついていった彼女には難しい仕事でしょう。もちろん大野のスタートダッシュとその後のスピードで彼女が遅れ気味だったこともあるが…

――澤、大野のいわばシンプルなワンツーパスが高度なテクニックや意表をつくアイデアを織り交ぜて、第3のプレーヤー川澄にわたったということですね。

賀川:オリンピックの歴史に残るゴール場面の一つでしょう。実際にプレーに絡んだのは3人だけだが、その前に左から攻め、防がれて右へ展開し、右の近賀から大儀見を経て、また左へ移り、その左側のキープが相手の強いスライディングタックルでタッチラインを割り、澤のスローインとなった。こうした全体の大きな流れ(主として横のボール回し)からサイドをタテに崩す動きに移るという展開全体も、この攻略の伏線としてよかったといえます。

――なるほど、シンプルだが高度な技と読みをともなうパスワークとシュートの1点。それも大きな展開の後のタテへの崩しというわけですね。

賀川:オリンピックというのは20いくつの競技があって、多くはその競技の最高を争うものになる。多くは個人競技だがね。

――そのひとりひとりの努力や工夫のあとをメディアが報道していて、それもスポーツ発展をあらわすものといえる。

賀川:そういうトップクラスの他のスポーツと比べても、サッカーという競技が世界で最も盛んなスポーツであり、しかもチームゲームであるだけに、個々の走力や技術も非常に高く、またその連係プレーを成功させるための瞬間の判断には、人間の持つ頭脳という高度な機能を働かせることになります。そこにその競技の面白さがあるのですよ。いままで日本のスポーツ界で、今年ほどオリンピックのなかでサッカーに関心を集めている時期はないでしょう。サッカー好きの皆さんもこのサッカー特有の楽しみを多くのオリンピックファンの友人に伝えてほしいと思っています。

――その個人の力アップという点で、これまでのところ賀川さんはちょっと不満のようですね

賀川:何度もこの欄で申し上げ、また雑誌などにも書いているように、昨年の大仕事(ワールドカップ優勝)の後、身体能力や技術の面で個人的に特に目立つという選手が少なかった。それでも私は昨年につかんだ自信はとても大きいと思っています。

――大儀見優季の進化をほめていましたね

賀川:ドイツでプレーを続ける大儀見は得点能力の上に、強い体を活かしてのポストプレー、ボールを受け、チームの攻撃の起点をつくるプレーが上手になった。男子フル代表の本田圭佑とタイプは違うが、同じように重要な役割です。この競技では攻撃メンバーのなかに彼女(彼)のところにボールがゆけば、相手には奪われないというプレーヤーがいるかいないのかで全く違ってきます。

――カナダ戦でも目立っていましたね

賀川:ボールを受け、キープし味方に渡す、という目立たないが、重要な仕事をし続けていた。シュートチャンスに点を取れなかったのは本人も口惜しいだろうが、この試合の2点目も私には彼女の存在が大きかったと思っています。

――左の鮫島のロングボールを相手DFとGKが防ごうとしたが、ボールを取れずに宮間あやがヘディングしてゴールを決めた。

賀川:鮫島からの高いクロスが飛んできたとき、ゴール前に大儀見がいた。彼女にそのヘディングを度々取られている相手DFは、大儀見のところへ3人も集まった。彼女への恐怖からでしょう。その3人だけでなくGKも飛び出してきて参加した。手を使えて有利なはずのGKは仲間の3人が邪魔になってボールに届かず、その背後にボールが落ちた。そこに宮間がいた。

――宮間は鮫島のキックを見て落下点へ入っていた?

賀川:大儀見の動きにつられて3人のDFとGKが同じ所でジャンプした。スローを見ると大儀見はボールが落下してくるときには人ごみから抜け出している。ここでは取れないと判断していたのだろうね。その彼女につられたのがカナダには災難。宮間と日本にはしてやったりのゴールですよ。

――一人のプレーヤーの進歩はチームにとっての大きな戦力アップといつも言っているとおりですね。

賀川:1968年メキシコ・オリンピックの銅メダルの時には釜本邦茂という大会得点王のストライカーがいたが、彼もその年の冬から一段上のプレーヤーになったのだからね。

――それでチームは銅メダル。

賀川:だから今回の大会前に選手の個々の能力が少しでも伸びれば日本を目標として進歩の速い各国に対しても優位を保てると踏んでいた。

――それが必ずしもそうではなかった

賀川:カナダのレベルアップ、川澄が左サイドで相手のDFを一人で一度もドリブルで抜き切れなかったところにもあらわれている。失点の場面も、ここの左サイドで続けて2度パスを奪われ、その後のボールを奪い返そうとして結局とられて、ここからの相手の右サイドによる速いクロスにしてやられた。

――コンディションの問題も

賀川:細かくみていくと不満もあるし、やっぱりなぁーと思うこともある。得意のパス攻撃と言ってもペナルティエリアの根っこへ攻め込んだのは2回だけだった。

――カナダより一段上のチームには苦しいと

賀川:いやいや、何といっても澤が調子を取り戻したのが大きい。まあ6試合持つかどうかは神に祈るとしてもね。チーム全体にもよくなっているところもある。そしてまず勝ち点3を取ったことで、気持ちに余裕が出るだろうから、彼女たちの本来のものが姿を現すだろうと思っている。

――そうなると、しめたものですが…コベントリーのスタジアムにも日本のサポーターが多かった

賀川:コベントリーは工業都市でね、第2次大戦でドイツ空軍の爆撃を受けて、壊滅的な打撃を受けたことがある。大戦中、コベントリーを破壊に結び付けてコベンタライズという言葉が生まれたほどですよ。

――その破壊された街のすばらしいスタジアムでの試合でした。

賀川:この街のクラブ「コベントリー・シティ」はマンチェスター・ユナイテッドのようなビッグクラブではないが、100年以上の伝統があり、日本代表もここで試合したことがある。

――1978年でしたか

賀川:釜本が代表から退き、永井良和、細谷一郎たちがFWにいた。そうそう、いまNHKでいつもいい解説をしてくれる山本昌邦さんがまだ若くて国士舘大学の学生だったときに、この遠征に参加していますよ。

――ゆかりの街でのなでしこのロンドン五輪初勝利、まずここを足場にメダルへの道を進んでもらいましょう。

固定リンク | オリンピック | コメント (0) | トラックバック (0)


キリンチャレンジカップ プレビュー

2012/07/10(火)

――ロンドンへの壮行試合としてなでしこジャパンとU-23代表の試合が同じ日に東京国立競技場で開催されます。

賀川:第20回ロンドンオリンピック大会にサッカーは男女がそろって出場できる。その壮行試合で両チームを声援できるのだから、サポーターにもまたとないチャンスですね。大会本番はU-23代表が26日にグループリーグの第1戦(スペイン)、なでしこが25日にやはりグループリーグ第1戦(カナダ)と2週間後ですよ。

――U-23代表は英国に移動した後、18日にU-23ベラルーシ代表と、21日にはU-23メキシコ代表と親善試合を組んでいます。

賀川:なでしこも対フランス(19日)を予定している。こちらの方はいったんフランスで合宿してから、ロンドンへ向かうことになっている。いずれにしても、ヨーロッパへ入ってから仕上げに入るのだろうが、まずはその出発前に元気なプレーを日本のファンに見せてほしい。

――男子代表はオーバーエイジ枠に徳永悠平と吉田麻也を加えた18人、なでしこは昨年のワールドカップ優勝のメンバー18人ですね。男子はこれまでよりも海外組が多くなっています。

賀川:移籍したばかり、契約したばかりという人もいるが、新しい傾向ですね。

ーーメンバーを見た感想は?

賀川:なでしこは佐々木監督が言っているように、故障上がりの多いこと。本番までに完調まで持ってゆけるかどうか…ヨーロッパ合宿を含めて注目したいところです。

ーーアメリカに完敗した試合もあって、ワールドカップに続いての金メダルに黄信号という見方もありますが

賀川:なでしこの昨年のドイツでの世界王座獲得はすばらしいこと。選手たちはすごい仕事をするのに、心身ともにすりへったことでしょう。その後の環境激変もあり、この1年はなかなか大変だったと思う。本番前のこれからの合宿生活でもう一度落ち着いたサッカー漬けの日々にして、昨年全員が100%働いた時の気持ちと体を取り戻すことが一番でしょう。

――なでしこリーグにお客が増え、いいことも多かったがそれだけ負担も多かったと

賀川:いろいろな事情が重なって、日本のトップ選手が昨年の優勝を足場にもう一段進化したかということになると、必ずしもそうではない。

――ふーむ。

賀川:これまで何度も話したように、あれだけ大仕事をして、すぐそこから再スタートで上に向かえというのはとても難しいこと。アメリカやドイツやブラジルやスウェーデン、フランスといった、日本に刺激を受けた国々の巻き返しが目立つのは当たり前でしょうかね。

――ドイツが出ないので、一つ強敵は少なくなったといえますが

賀川:6月8日の神戸の試合で、澤穂希選手が何回か彼女らしいプレーを見せていた。彼女にかつてのキラリとした動き(早さ、読みの質、切れ味)がもどりはじめたのは、とても大きいことですよ。このキリンチャレンジカップでも、その澤選手の復活の足取りと、各選手のコンディショニングづくりの過程を見せてもらえるでしょう。

――U-23代表男子の方は?大迫選手がはずれましたね。

賀川:アジア予選を勝ち抜いて、いよいよヨーロッパ、南米、アフリカなどの代表と戦うようになると、どうしてもフィジカル面がクローズアップされる。フル代表で本田圭佑といういい見本があったように、攻撃の軸となる何人かは、技術や走力の上に、少々当たられてもバランスを崩さない体の強さが大切な要素となる。今度はその点を考えたように見える。監督さんも苦心したと思いますよ。

――19歳の俊足、宮市選手が落ちたことを監督に尋ねた人もいました。

賀川:大型で足が速いということは素材としてはとてもいいのだが、その足の速さを活かしてどこで何ができるか、ということになるとまだこれからだとみたのでしょう。

――清武弘嗣や扇原貴宏、山口螢などセレッソの選手もいます。

賀川:清武は故障もあり、海外移籍の件もあった。フル代表との掛け持ちもあって、必ずしもU-23では十分に働いてきたとはいえないが、ロンドン大会で一段上に上がってほしい選手ですよ。これは誰も同じことですが、清武にとっては今度が本当の勝負になる大会だと思いますよ。

――宇佐見貴史は?

賀川:体力不足、守備不足と言われてきた。自分の特徴であるテクニックを活かすとともに、全力を出し切ることを覚えてくれるのじゃないかとみています。齋藤学というやる気満々の突破型もいる。上昇中の名古屋の俊足、永井謙佑もいる。

――いい素材がそろっていますね。

賀川:DFの補強でチームの後方がしっかりして、終盤から前もいいプレーヤーが揃っています。ちょっとの伸びの遅いのが不満だったが…

――U-23だからまだ若いと思っていたが

賀川:23歳といえばプロサッカーではもう一人前ですよ。彼らにとってオリンピック本番はこれ以上ないすばらしい舞台なのです。だからここで勝ちを目指すことで自分の力も伸ばすことですよ。歴史に残る1963年のベルリンオリンピック、スウェーデンを3−2で破った日本代表の主力は22〜23歳のアマチュアだった。

――メダルはもちろん、ロンドンで伸びることです

賀川:勝ちにこだわること。勝つために守ること、点を取ること、チームが一体となること。それを実現するために個人力を最大限に発揮することです。

――そういうU-23の意気込みをキリンチャレンジカップで見たいものですね。

固定リンク | 日本代表 | コメント (0) | トラックバック (0)


バルサ流スペイン 攻撃の本領

2012/07/04(水)

――スペインに対してイタリアがどれだけ抵抗するかと期待していたら、スペインの完勝でした。

賀川:イタリアはドイツとの試合で、まさにイタリア的なゲーム展開で快勝して決勝に残った。スペインはその前の日にポルトガルに苦戦し、0−0のあとPK戦で勝った。その準決勝の勢いがどう決勝に向かうかと思ったら、スペインは教訓として生かし、イタリアは徒労を残したという形になりましたね。

――スペインはいい教訓にした。

賀川:選手たちの気迫がキックオフ直後のランにあらわれていたでしょう。動きの速さが違っていた。たてに出る動きが鋭く、またドリブルを多用した。中盤で短いパスをつないでボールをポゼッションというこれまでの感じからボールを動かしつつどんどん前へ突っかけていった。

――最初の2分間にファウルが2つあったが、ともにスペイン側だった。

賀川:最初はセルヒオ・ラモスがバロテッリを背後から倒した。2つ目は左ライン際のヘディングでシャビ・アロンソがイタリアのアバーテとジャンプヘッドで競り合った時だった。イタリアはファウルも辞さない激しいタックルで知られているが、スペインも昔からこの点ではひけを取らない。その強さを示したね。

――近頃はパスワークに目がいくが

賀川:なにしろ、ディエゴ・マラドーナがバルサに入った時に痛めつけられて半シーズン働けなかったところだからね。そういう激しいリーグで育ったスペイン代表のこの日の覚悟というか、意気込みがこのあたりにもあらわれていた。

――イタリア側へのデモンストレーションでもあったか?

賀川:今日はともかく負けないという気持ちの表れでしょうね。そのキックオフ直後のスペイン側の激しさと前へゆこうという姿勢に、今日はこれまでと違うという感じを受けた。

――最初のシュートはイタリアのピルロでした。

賀川:左サイドに開いたカッサーノのところで何人かが奪い合って、そこから出て来たボールをピルロがシュートしたが、威力はなかった。

――激しく早くがポルトガル戦の教訓のひとつ?

賀川:準決勝でFWにアルバロ・ネグレドを起用してうまくゆかなかった。それまでもワントップかゼロトップかという言い方で、日本の専門家たちも議論していたが、形の問題ではなくプレーの質の問題だと私は思っていた。異質の選手、大型のCFタイプを置くのはいいが、その時もプレーのレベルは同じでないとね。監督さんは、考え直したのだろう。メンバー表ではセスク・ファブレガスをトップに置いているが、彼は戻ってボールを受けるし、サイドへも出てくる。彼のいなくなったスペースへ誰かが入ればいいのだからね。

――バルサへセスク・ファブレガスが帰ってきたとき、何故中盤の選手ばかりそんなに集めるのだろうか…と疑問を持ったものも少なくなかった。

賀川:ちょっと横道にそれるが、これは今度の大会を通じて恐らく誰もが再認識したことのひとつに「サッカーはボールを止めて蹴ること、そしてボールを運ぶ(ドリブル)」の個人技術の高さで決まる…ということでしょう。

――昔からの当たり前の話ですが、スペインはまさにそうでした。

賀川:止める、蹴る、かわす、と、どのレベルでどの高い質で行うかということですよ。スペインの多くのプレーヤーはその技術を持っている。それを発揮するためのランプレーであり、選手の組合わせであり、フォーメーションであるわけです。

――それが一気に吹き出したのが1点目でした

賀川:7分までに25メートルのFKがあり、右CKがあり、スペインのチャンスが増えはじめた。

――イタリアは4DFのラインの前に4人が守る2段構えだったが…

賀川:一見厚く見える守りだが、イニエスタ、シャビ、シルバ、そしてセスクの目まぐるしい動きと両サイドを使った幅広い展開に第2列がちょっととまどったのかな。その最終ラインと第2列の間に入ってくる相手を第2列が戻るのではなくて、最終ラインの誰かがマークしにゆく、そうするとスペインが後方から飛び出してそのスペースへ走り込んでくる。

――日本なら長谷部や遠藤がカバーすることもあるが…

賀川:入ってくる選手がシルバでもイニエスタでもセスクでも、誰でも高速で走り込んで、自分ノところへ来たボールをピタリととめて、自分のものにする。だからタックルに行っても確実に奪えないで、リバウンドのボールが危険地帯に転がる。そこへまたスペイン側がやってくるという形になる。

――10分過ぎにイタリアが攻めたが、モントリーボが倒されてレフェリーボールになって中断した。ちょっとイタリアがたち直したように見えたが、14分にスペインに先制ゴールが生まれた。

賀川:このゴールの発端は
(1)相手のロングボールが直接カシージャスに来て
(2)彼からセルヒオ・ラモスに渡り、ここでひとつパス交換のあと、一気に右へロングパスが出て、
(3)ハーフウェイラインを越えた10メートルのところで右DFのアルベロ・アルベロアに届いた。
(4)アルベロアは内側のシャビに
(5)シャビはターンして、内へドリブルし、イニエスタに短いパスを送る。
(6)中央ゴール正面30メートルで受けたイニエスタはペナルティエリア内へスルーパス
(7)イタリアのキエッリーニの内側を通るパスにセスクが走ってキエッリーニより早くボールを取り、ゴールラインから
(9)中央後方へクロスを送る
(10)このライナーのクロスにシルバが走り込んでヘディング。ボール矢のようにGKブッフォンを抜いてゴールに飛び込んだ。

――左から右への大きなサイドチェンジとその後の細かい縦の動きの後のスルーパスですね。

賀川:横に大きく振った後、短く相手DFラインの前で横にボールを動かして、守る側の足を止めておいて、ボールを注視させる。そしてイニエスタのスルーパスが入る。しかもスルーパスだぞ…という感じで彼独特の「なにげない風」で右足でボールをピシャリと叩いた。コースもスピードも文句なしだった。

――セスクがいい位置にいて、スタートしたからキエッリーニの反応が一瞬遅れて、それが深いところへの食い込みを許した。

賀川:これこそバルサ、スペインの攻撃だった。シャビとイニエスタの2人がゴール正面25メートルでガチガチにマークされずにいたのだからどんなことでも出来るのだが、今回は一番効果的な裏にスペースのあるタイミングを選んだのだろう。もちろんこれは、見ている第3者の後からの解釈で、彼らにとっては「とっさ」の判断ですからね。セスクのスタートもすばらしく、まさに「あうん」の呼吸というところですよ。

――キエッリーニに代わって、イタリアはフェデリコ・バルザレッティ(6番)を入れました。故障のためですね。故障を抱えた選手も何人かいたけども、27分にはクロスのチャンスがありカッサーノがエリア内左からのシュートもあった。

賀川:カッサーノのシュートは惜しかったね。30分頃までイタリアの同点への意欲が見られて試合は緊迫感があってとても面白かった。バロテッリのロングシュートもあった。

――互角の形が続いていたときにスペインの2点目が出た。

賀川:41分のジョルディ・アルバのゴールだった。シャビのスルーパス1本、アルバの長い疾走というシンプルな攻撃で、その発端はカシージャスのロングキックからですね。イタリアが仕掛け、左サイドを攻めたのをスペインが防いだ。シルバが持って出て、シャビに渡すとシャビは自陣35メートルからGKへバックパスした。そしてカシージャスのキックです。

(1)カシージャスは左足のキックで左サイドタッチラインへ蹴った。左に開いていたセスクがハーフウェイライン近くでヘディングして、後方から走り上がるアルバに渡した。
(2)アルバは内側のシャビにパスを送り、シャビがドリブルで進む。イタリアはDFが4人いた。
(3)ドリブルでシャビが進む横をアルバが追い抜き、2人のDFの間を走り抜ける。
(4)その前へシャビからのスルーパスが通った。
(5)アルバはこのボールを左足でニアサイドで流し込むように決めた。

――アルバの長い疾走にシャビのパスがピタリと合った。

賀川:アルバはMFだったのをバレンシアの監督がウイングバックとして起用するようになり、代表でもその攻撃的な能力を期待されていたという。それが決勝のこの場面で生きた。走り勝ってゴールキーパーとの1対1になったときも落ち着いていた。スローを見ると、小さくボールを浮かせるようにキックしゴールキーパーにとられないよう気を配っていた。

――そこへ出て来て何が出来るか、いつも賀川さんが言っていることですね。落ち着いてボールを蹴る技術ですかね。

賀川:このゴールは、そこに到る過程でも、相手の攻めをしのいで互いにほっと一息ついたわずかなスキをつかんだスペインのうまさが光っている。

――賀川:故障車が多いこともあるだろうし、ドイツとの大激戦で疲れていることも(イタリアは中2日、スペインは中3日)あるかもしれないが、筋肉隆々のイタリアDFが軽快に奪取するアルバ、早いモーションで精密なパスを出せるシャビというスペインの小型選手特有の“すばやい”プレーについていけなかったのだろう。

――前半で2−0

賀川:スペインの守備力と全体のキープ力、チームのこの日の調子から見て、勝負あったということですね。

――もちろんサッカーは90分。イタリアのがんばりや、メンバー変更での後半の巻き返しが期待されたのだが…

賀川:日本のイタリア好き、イタリアサポーターには後半は語るにしのびないという感じになるのだが…・

続く

固定リンク | ヨーロッパ選手権 | コメント (0) | トラックバック (0)


« 2012年6月 | トップページ | 2012年8月 »