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2012年1月

【お知らせ】上田亮三郎先生著「やらなあかんことはやらなあかんのや!」に対談掲載

2012/01/31(火)

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大学サッカー界の大御所・上田亮三郎先生(現・大阪商業大学サッカー部総監督)の著書、「やらなあかんことは やらなあかんのや!」が、1月28日に発売されました。

賀川浩との対談『これからのサッカー指導者に必要なこと』も掲載されています。
数時間にわたる対談をギュギュっと濃縮したクロストークを、お楽しみください!

※ご購入はこちらから

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91年目の日本サッカー(下)

2012/01/20(金)

◆90年で男子16強、女子が優勝
 世界のおかげで力を蓄えた日本サッカー

賀川:なでしこジャパンの優勝は、私から見れば、JFA(日本サッカー協会)の創立90周年にあたる年に、日本のサッカーと最も深い関係にあったドイツという国での大会で世界一になったことがとても素晴らしい。
 1936年のベルリン・オリンピックで日本の(男子)代表は初めての五輪参加でスウェーデンという強国代表を倒してヨーロッパを驚かせた。その75年後に女子が、世界のトップのドイツやアメリカに勝ってチャンピオンになったのです。
 日本サッカーの成長にはさらに古い時代、第1次世界大戦で捕虜になったドイツの軍人たちが広島での収容所生活中に日本人チームにサッカーを教えたのが、大正の末から昭和のはじめにかけての日本の進歩に大きな影響を与え、その流れをくむ代表がベルリンでの快挙を演じた。
 そしてまた、東京オリンピックの時に代表を指導し、日本サッカーの改革の大きな力となったデットマール・クラマーによって次のステップに進み、女子もまた、その日本サッカー全体の上昇の中で、関係者の努力が実ったといえる。

――2010年の南アフリカW杯で16強入りした日本代表の岡田武史監督もドイツでコーチ修行をしたのでしたね。

賀川:因縁の深いドイツでの2011年の次、今年はロンドン――。
 ここでU-23と女子(なでしこ)がいい成績を挙げてくれれば、日本サッカーはサッカーの母国イングランドへの恩返しができる。

――というと

賀川:JFA創設のエピソード……イングランドのFA(フットボール協会)から大正8年(1919年)にシルバーカップが贈られてきた話をご存知でしょう。

――元旦の天皇杯の時にも、そのカップが披露されていました。

賀川:協会創立にかかわる話ですからネ。JFAの創設にあたっては、キッカケとなったカップだけでなく、外交官のウィリアム・ヘーグさんが協会の運営などについてアドバイスしてくれているのです。

――ロンドンでのオリンピックは3回目で、1908年の第4回大会で初めてサッカーが正式競技になったのですね。

賀川:ロンドンでのオリンピックについてはまた色々な面白い話があるけれど、私は、日本のサッカーの急速なレベルアップの基礎には、1969年の第1回FIFAコーチングスクールがあったことを忘れてはいけないと思っています。

――クラマーさんがヘッドコーチとなって検見川で開催しました。上田亮三郎先生や加茂周さんも受講なさった。

賀川:そうです。これで、日本はコーチ育成のノウハウを学び、そこから、技術力アップが始まるのです。そのクラマーの提案を受け入れて、このコーチングコースを開催した当時のFIFA会長サー・スタンレー・ラウスさんもイギリスの人です。

――日本の発展には、色々な国の人の力があったわけですね。

賀川:なでしこが世界チャンピオンになり、SAMURAI BLUEがW杯の常連のようになってきた。
 今年8月には日本で女子のU-20のW杯も開催される(8月18日-9月9日)。

――トヨタのFIFAクラブワールドカップも昨年からまた日本に戻ってきました。

賀川:今やアジアの“サッカー国”となろうとしている日本ですが、ここまで来るのに、世界の皆さんからの助けがずいぶんあったことを忘れてはいけないと思う。

――そういう謙虚さがチームの態度に出れば、いい国際交流ができるでしょうね。


◆91年目に入って積極的な国際的活躍を期待

――そういえば、岡田武史さんが中国のトップリーグ、杭州緑城の監督に就任しましたね。

賀川:アシスタント役の小野剛コーチも一緒らしいね。
 JFA創設からの10年は、当時のサッカー先進国・中華民国に追い付き追い越すことが目標だった。協会創設50年でクラマーという外からの大きな力を得て、それを足場に、72年後のJリーグのスタートで一気にレベルアップし、81年目の日韓共催ワールドカップでその進歩の基礎固めもできた。
 岡田さんが中国へ出かけるのも、91年目の日本サッカーとしてはとても注目されることですヨ。

――杭州が優勝すれば……

賀川:同じ東アジアだが、大陸の中国は島国の日本や半島の韓国とも違いの大きいところ。そこでのチーム指導の経験は、岡田さんにとっても日本サッカー全体にとってもとても大きな財産になりますヨ。当然、日本のメディアも取材に行くだろうし、中国という大きなサッカー国に日本人が関心を持つことにもなる。

――91年目の日本がさらに外にも目を受けてゆく、一つの表れかもしれませんね。

【了】

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91年目の日本サッカー(上)

2012/01/19(木)

◆87歳の引越し。図書を整理し片付いた家に、気兼ねなくおいで下さい

――2012年、平成24年も半月以上すぎました。12月29日が誕生日ですから、賀川さんは満87歳になったわけですね。転居されたとのことですが……

賀川:11月末に引越しました。同じ芦屋市ですが、20年近く住んでいた山芦屋(やまあしや)町から、朝日ヶ丘町というところへ移ったのです。

――そう、大変だったでしょう

賀川:皆さんへの連絡が遅れたりして申し訳なかったのですが、どうやら落ち着きました。

――なぜまた転居を? 第一、大量の図書資料を動かすだけでも大変だったでしょう。

賀川:山芦屋は空気もいいし、静かでいいところでしたが、20年も住んでいると紙の山に埋もれてしまう感じになってしまいました。資料整理の意味もあり、思い切って移転したのです。

――ネコのダイ君はどうしました?

賀川:8年一緒に暮らしていたダイ君が、急に体調を崩して逝ってしまいました。それも(移転の)原因の一つではあります。

――失礼ですが、そのお年での引越しは大変でしたでしょう。

賀川:いささか無謀でもありました。
 引越しの当日は完全に疲れていて、イスに座っていただけです。たくさんの人に迷惑をかけ、お世話になって、ともかく移り住むことができました。
 図書資料の一部も、芦屋市サッカー協会の西田俊一会長の計らいで預かって頂く場所ができたので、山芦屋と変わらぬ広さですが、今度はお客さんに座ってもらうスペースもできました。山芦屋では、来客の度に資料の紙袋を移して玄関からの通路をつくる――といった状態でしたが、今は少しはゆったりできます。
 どうぞ、気兼ねなくおいで下さい――とサッカー仲間に声をかけていますヨ。

◆なでしこ優勝の余韻が続く2012年、今度は母国イングランドでのオリンピック

――今年も、取材や執筆は……

賀川:ぜひ続けさせてもらいたいと思っています。仕事のしやすい環境ということで引越したのですから。

――日本のサッカーは昨年、なでしこのワールドカップ優勝がありました。今年も賑やかになりそうですね。

賀川:なでしこ優勝の余韻は、今年にも続いています。
 彼女たちは7月25日~8月11日までのロンドン・オリンピックで、もう一度、オリンピックという場での世界一を目指す。男子のU-23代表も出場してくれるでしょう。

――サッカーの母国・イングランドの首都ですよね。

賀川:昨年のなでしこは、ドイツでの大会だったでしょう。2011年の女子W杯はFIFA(国際サッカー連盟)にとっても、とても重要な大会でした。女子のサッカーそのものの歴史は古くても、国際大会ということになると、他の競技から見るといささか出遅れていました。

――何といっても激しいスポーツだから、長い間、女性には無理だろうという考えが拭えなかった。

賀川:FIFAが積極的に推進して、その成果がどんどん見えてきた。そして、ドイツという最もサッカーの環境の整ったところでの2011W杯で、一気に女子のメジャー・スポーツとしてのデモンストレーションをとブラッター会長たちは考えていた。その大会で日本が優勝したのですヨ。

――ドイツが優勝した方が、ヨーロッパはもっと盛り上がった――という人もいるかもしれませんね。

賀川:日本代表が優勝したことは、女子サッカーが既に世界に広まっていることを示したという点で、素晴らしい大会となった。もちろん、テレビを通して見た開催国ドイツの大会運営も素晴らしかったでしょう。

――日本の優勝は、世界的にも意義があったと……

【つづく】

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「広報あしや」に新春メッセージ寄稿

2012/01/06(金)

Photo
(C)ハナヤ勘兵衛

昨秋の芦屋市民文化賞受賞を記念して、
同市の広報誌に新春メッセージを寄稿しました。

本広報あしや(1月1日号)
賀川浩「スポーツの“ちから”と温故知新」
※PDFデータです

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