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2011年7月

女子サッカー草創の頃のエピソード

2011/07/20(水)

110720_1
香川県丸亀市立資料館所蔵 ※禁無断転載


◆JFA大仁副会長夫人は女子レフェリー

――女子サッカーでは、以前賀川さんのところに問合せがあった大正年間の丸亀高等女学校の話がありますね。

賀川:あれは第1次大戦のドイツ人捕虜収容所でのサッカーが、近くの女学校(いまの女子高校)にも伝わったという話で、とても面白いが、まあ、組織的な広がりの始まるより以前のことになる。

――JFA(日本サッカー協会)のなかに女子サッカー連盟が生まれて正式に発足したのが1979年ですから32年、ざっと30年ですね。

賀川:そう。その前に神戸では、神戸フットボールクラブの前身である兵庫サッカー友の会が1967年3月19日に開催したサッカーフェスティバルの催しの一つとして、神戸の福住女子サッカースポーツ少年団と神戸女学院が対戦した。おそらく、多くの観客の前で行なわれた女子チーム同士の試合の草分けの一つだろう。

――そうだ。そのとき3人の女性が主審、副審も務めたのだとか……

賀川:加藤正信ドクター(故人)のアイディアでね。主審の村越葉子さんが、いまのJFA副会長・大仁邦彌(だいに・くにや)さんの夫人ですヨ。

――大仁副会長は長い間、JFAの女子委員長でしたね。なるほど……。



◆古い時代の提唱者、田辺五兵衛さん

――そういえば、どこかのテレビ局が女学院のサッカーのことで電話してきていたのでは……

賀川:そうそう。尋ねてくれたけれど、すぐ返事ができなくて申し訳なかった。あとから分かったのだが、担当者の名も控えなかったのでそのままにしてしまった。気の毒をしたよ。

――どんな……

賀川:これも歴史のエピソードなのだが、女学院が女子中学部でサッカーを始めたとき、そのときの先生が田辺五兵衛さん(故人、第1回日本サッカー殿堂入り)に尼僧がサッカーをしているフォトを見せてもらったのがきっかけというのを神戸新聞で調べて、そのフォトがないかということを尋ねてきた。

――それで

賀川:田辺さんの書いたものを調べたら、こんな記事があった。

 チャールズ・バッカンのギフト・ブック1966-67年に、尼僧のサッカーの写真が出ている。
 その説明に、ブラッドフォードにあるセント・ジョセフ・ジュニア・スクールは、初めは女生徒だけだったが、男の生徒が入ってくるようになってから、尼僧たちはサッカーについて勉強をしておくことが必要になった。シスター・ジョオン・ガブリエルは、彼女の2人の生徒を相手にフットワークの練習をしているとある。

 この(チャールズ・バッカンの)本はわたしの書庫にもあるハズ。例によって今すぐに出てはこないが……。女学院の当時の先生は、確か山田さんといって、ボクの兄・太郎と雲中小学校で同期のハズです。この小学校はサッカーが盛んだったから、本人もやってみようということになったのでしょう。

――世界の歴史でいけば、女子サッカーは19世紀からあったとか。

賀川:いや、もっと古くからあった。しかしまぁ、多くの人は「女だてらにフットボールなんて」という目で見ていることが多かった。この女子サッカーがいろいろな国々と戦いながら発展してくるのは一つの物語で、それは長くなるから次の機会に回しましょう。

――新しい「女子サッカーの世界一」というすごいテーマが出てきたので、多くのメディアがいろいろ報道してくれています。
 神戸FCの女子部を田崎真珠という会社に引き受けてもらったとき、賀川さんはFCの事務局長でもあったのですよね。早くから女子にも関わってきたその長い経験からの、今大会についての意見もまた聞かせて下さい。

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おめでとう、なでしこジャパン

2011/07/19(火)

FIFA女子ワールドカップ・ドイツ大会2011(6月26日-7月17日)
決勝
7月17日20時45分キックオフ ※現地時間
日本 2-2(PK3-1) アメリカ



◆幸運を引き寄せた諦めない心

――女子ワールドカップ優勝、なでしこジャパン、やりましたね。2011年7月18日午前3時45分(日本時間)からのNHK BSテレビにはとても興奮しました。

賀川:試合そのものもよかったね。開催国で大会の優勝候補であったドイツに勝ったあとから一気に勢いづいた。勝てるという保証はなかったが、澤穂稀キャプテンをはじめチームの心がサッカーの神様を惹きつけたとしか言いようがないね。

――幸運もありましたが、選手のプレーぶりも素晴らしかった。

賀川:19日に帰国した選手たちの記者会見(ザ・キャピタルホテル)が中継放送された。そのときに澤さんが、佐々木則夫監督のことを「強運の持主」といったら、監督はすかさず「強運の選手たちを持った」と返していた。自分たちが勝てたのは運もある――しかし、運を引き寄せるのは自分たちの力だし、何より最後まで諦めない気持ちだったと(自信を持って)言っているようだった。



◆“先輩たちの歴史のおかげ”自分たちの立場を知っての勝ちたい意欲

――女子選手の方が男子よりしっかりしているように見えた――という声もあるようです。

賀川:そういうふうに言いたい人もいるだろうね。その議論は別として、選手たちの多くが、この優勝は自分たちのすぐ上の先輩、あるいは自分たちが生まれる前から女子の代表チームで頑張ってきた人たちのおかげです、といっていた。

――合宿などで、女子サッカーの歴史をまとめたビデオを見せていたという話もあります。

賀川:澤キャプテンという、15歳から18年も代表チームでプレーしている先輩がいる。また、女子代表の歴史が比較的浅いこともあって、彼女たちには歴史が身近な感じなのだと思う。
 東日本大震災で自分たちのチーム・東京電力のサッカー部が廃止となった選手もいた。
 そうした環境のこともあり、選手たちは、いま自分たちがサッカーをするのは――ということも考えたハズ。歴史の意味、周囲の人たちへの感謝や気配りもあった。そういう点で、精神的にもタフというか、それこそ諦めないぞという粘りが強かった。澤キャプテン自身がメダルの手前で悔しい思いをしてきていることもあった。

――お得意の歴史ですね。

賀川:そう、先輩たちの歴史を身近に感じるという点では、この選手たちは1936年のベルリン・オリンピックの日本代表――当時はもちろん男子だけだが――あるいはメダルということでは1968年のメキシコ・オリンピック釜本邦茂杉山隆一たちもそれに近いものがあった。

――JFA(日本サッカー協会)の創設が1921年。ことしは90周年ですね。私たちにははるか昔の話ですが、ベルリン大会はその15年後だし、メキシコといっても47年後。

賀川:そういう意味では、なでしこの今度の快挙はJFA90周年のなかでの最大の功績の一つとなる。同時に日本女子サッカーの歴史のなかでも飛躍の最大のステップになるでしょう。

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U-17のベスト8進出

2011/07/14(木)

FIFA U-17 ワールドカップ・メキシコ大会 2011(6月18日-7月10日)
1次リーグ
 日本 1-0 ジャマイカ
 日本 1-1 フランス
 日本 3-1 アルゼンチン
ラウンド16
 日本 6-0 ニュージーランド
準々決勝
 日本 2-3 ブラジル

――メキシコでの17歳以下のワールドカップで、日本が準々決勝まで進みました。ブラジルに敗れましたが、0-3から2-3まで追い上げ意地を見せてくれました。

賀川:今度のU-17や女子のワールドカップで世界と戦う日本代表を見ると、日本サッカーの歴史の流れをより広い舞台で、よりレベルの高いところで眺める気がします。
 U-17といえば、昔でいえば旧制中学校(小学校を卒業して入学する5年制)と同じ年頃。いまサッカーマガジンで連載中の「日本とサッカー 90年」はちょうど1936-40年の戦前、それも中学校の全国大会について書いているところです。
 昔の中学校のチームは年齢の2歳上の師範学校(小学校の先生を育成する学校)と試合をしていたので、勝つためには自然に体格差、体力差をどう克服するかを考え練習した。それが1930年の極東大会(対中華民国)1936年のベルリン・オリンピック(対スウェーデン)などで日本代表が体の大きい外国チームとの試合でも発揮されるようになった――というのが日本サッカーの歴史なのです。

――日本はまずジャマイカに1-0で勝ち、フランスと1-1で引き分け、アルゼンチンを3-1で破って16強に。さらにニュージーランドを6-0で倒してベスト8に進み、ここでブラジルと戦いました。

賀川:ブラジルに先に3ゴールを奪われてしまった。2ゴールを返したのは立派だったが、ブラジルは3点取って安心して動きがガタンと落ちていた。そこを突いたのは素晴らしい。しかし同点にするか4点取るかでなければ負けは負け。

――まあ、実力は向こうが上でしょう。

賀川:強い相手と戦い体力勝負に持ち込むのも一つのやり方だが、それでゆくなら失点を少なくしなければ勝つのは難しい。しかし、将来性のあるU-17がいい経験を積んだことに期待したいネ。

――なんといっても、メキシコでの試合を見ると高度や暑さ、ピッチの状態など様々な問題もあったなかで、です。

賀川:難しい環境のなかで頑張った経験は、選手たちのプラスになるだろう。1次リーグのジャマイカ戦のとき、暑さで両チームの動きが鈍ってゆくのを見ながら、とても「しんどい」なかでよくやるなと思ったものですヨ。ボクたちも、日本の夏の試合の苦しさを経験しているからね。

――だからこそ、技術力のアップが必要だと?

賀川:そう。トラップミスやパスミスをすれば余計な消耗をする。頑張ることは大事だが、暑いなかでも正確な技を発揮できるだけの力をつけるのが何よりでしょう。U-17のベスト8進出や女子の大活躍など世界の舞台での活躍を見ると、日本もいよいよ世界のサッカー国に仲間入り――といえるでしょう。指導に関わる人たち、少年・少女の育成に力を尽くす人たちの努力に改めて感謝したいね。

――フェアプレー賞を受けました。

賀川:メキシコでは1968年のオリンピック銅メダルのときに初めて制定されたフェアプレー賞を受賞した。40年以上前のことだが、こういう伝統は守ってほしい。決勝のメキシコ対ウルグアイはいい試合であったが、いささかボクには嬉しくないファウルも少なくなかったからネ。サッカーのためにも、日本がフェアプレーでゆくのはいいことですヨ。

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75年前のゆかりの地で“なでしこ”が大金星 ~女子W杯~ (下)

2011/07/13(水)

FIFA女子ワールドカップ・ドイツ大会2011(6月26日-7月17日)
準々決勝
7月9日20時45分キックオフ ※現地時間
日本 1-0 ドイツ



◆最後まで走った気力と技術と組織の勝利

――延長後半の丸山佳里奈のゴールも素晴らしかったです。

賀川:永里(優季)が前半に惜しいシュートチャンスを逃し、後半はじめに丸山を投入した。日本のFWは前から守備をするために結構疲れがたまる。安藤梢でも、見ていて気の毒なくらいの働きだからね。ドリブルで仕掛けられる丸山を登場させたのも成功したが、同時に、日本のランプレーに相手のバックスも疲れていた。そのときにダイレクトプレーが2つ続いて丸山がオープンスペースに走った。

――中盤でのやり取りから、岩渕真奈がアウトサイドで浮かしたボールを澤が落下点でとらえてダイレクトで前へ送りました。

賀川:丸山の動きや、前のスペースが分かっているところが、澤のすごいところだね。しかもダイレクトでひっかけ気味に蹴ったボールの回転もいい具合に丸山の前に落ちた。相手のDFには、これを奪いにゆく走力はなかった。

――シュートは易しい角度じゃありませんでしたが……

賀川:得意の角度という感じの、自信ありげなシュートに見えたヨ。

――あれだけ攻めて点を取れなかったドイツが、数少ないチャンスをつかんだ日本に負けたということですね。

賀川:そこがサッカーの面白いところですヨ。もう一度試合をしても同じように勝てるかどうか分からない相手に、大舞台で勝った。このことは選手たちにも日本の女子サッカーにも、いや日本全体にとってもとても大きい。

――賀川さんのように長い間サッカーを見てきた方にも、ドイツという舞台での女子の大金星は感慨ひときわでしょう。
 そうそう、澤さんには大会前に会っていますよね。

賀川:『Sankei SAL』というフットサルのフリーマガジンで草葉達也さんがインタビューをするときにつき合って、少しばかり話をしました。彼女は神戸の住民になって、神戸のクラブの選手ですからね。自分がひたむきにサッカーに打ち込んできたことに対して、自信を持っているのが嬉しいね。試合の流れを読み、ここで奪う、ここで攻めるということのつかみ方だけでなく、全人格的なプレーのできる選手でしょう。

――準決勝の相手はスウェーデンです。

賀川:ドイツで、スウェーデンと大事な試合を戦うというのも75年前の因縁かな。オーストラリアとの試合を見て、一人ひとりのプレーには感心した。実は私はオーストラリアのスピードの方が日本には難敵と思っていたのだが……

――そのオーストラリアより強い?

賀川:ボールをしっかり扱える選手がいる。体はドイツより平均して大きい。そして接触したときに重さがあると思う。スウェーデンはしばらく停滞していたが、協会がテコ入れを図り男子も女子も上昇中という。こちらとしては、無失点でゆくのは難しいかもしれないが、点を取ってもらえば焦りも消えるだろうし、自分たちのやり方でゆくことでしょう。この大会でシュート能力を上げ得点力を高めるぐらいの気持ちでいってほしい。
 とにかく、ここまでくれば準決勝と決勝、あるいは3位決定戦と2試合、素晴らしい経験ができる。同じ経験をするなら決勝までいってほしいネ。


【了】

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75年前のゆかりの地で“なでしこ”が大金星 ~女子W杯~ (上)

2011/07/12(火)

FIFA女子ワールドカップ・ドイツ大会2011(6月26日-7月17日)
準々決勝
7月9日20時45分キックオフ ※現地時間
日本 1-0 ドイツ



◆イングランド戦の完敗からキャプテン澤を中心に立ち直り、
 優勝候補ドイツからの大金星


――やりましたね、なでしこジャパン。ドイツに勝って、初のベスト4入りです。次はスウェーデンですよ。

賀川:澤穂稀キャプテンをはじめ選手や監督コーチ、全ての日本女子サッカーの人たちの願いが、とうとうすごいことになった。
 ボクは試合のテレビを見ながら、初めて日本のサッカーがオリンピックに出場して優勝候補といわれたスウェーデンを倒した、75年前の1936年ベルリン・オリンピックを思い出した。当時小学生であった私はもちろん実際に試合を見てはいないが、古い書きものやニュースのフィルムの伝えるところでは、体格差の大きなハンディを豊富な運動量と頑張りで防ぎ、巧みなパス攻撃で3点を奪って3-2の逆転勝利をつかんだ。

――四半世紀前の男子オリンピックですね。

賀川:体格、体力差を、動きの量と敏捷性を生かして対抗するという昔からの考え方が、日本の女子サッカーの対外試合の考え方にも根をおろしていた。

――今度のドイツ大会は、ここ数年の女子サッカーの向上を世界のスポーツ界に示すことになる、といった声もありました。そのドイツ大会での、なでしこの活躍です。

賀川:女子サッカーそのものは19世紀からかあった。しかし、女性にサッカーのような激しいスポーツは不向き――という見方もあって、必ずしも発展しなかった。しかし1991年に第1回女子ワールドカップが中国の広州などで行なわれ、1996年(アトランタ)にはオリンピック種目にも入った。以来各国ともに力を入れ、FIFA(国際サッカー連盟)も男子と同じように女子サッカーの普及、向上を図ってきた。

――日本でも、まだ多くの人の関心のなかった頃から、この90年代から国際大会にも積極的に参加してきましたね。

賀川:兵庫県サッカー協会の高砂嘉之会長(故人)も熱心な推進者だった。そうしたたくさんの人の努力とプレーヤー自身、それにJFA(日本サッカー協会)の組織的な強化と普及策が少しずつ選手層の厚みにつながってきた。

◆身長差にも粘っこいマークでヘディング・ゴールを許さず

――今大会の1次リーグでは、ニュージーランドに勝ち(2-1)メキシコを破り(4-0)2連勝。テレビでも新聞でも大きく報じられました。もともとFIFAランキング4位で、今度は優勝を狙うと目標を高く掲げていましたしね。

賀川:それが、第3戦の対イングランドで0-2の完敗をした。疲れもあったのだろうし、2勝してともかくグループリーグを突破したという安心感もあったのだろう。

――イングランドはすごい勢いでぶつかってきました。

賀川:女子の世界では、米国、ドイツ、ブラジルの3強が頭抜けていて、日本がその次ということになっていたが、イングランドもスウェーデンも、あるいはオーストラリアもレベルがどんどん上がってきていた。そのイングランドが、グループリーグ突破のために気迫のこもった試合をしかけてきた。受け身になった日本は動きの量も少なく、局面の勝負にも勝てなかった。

――逆にいえば、この敗戦は選手たちには対ドイツ戦へのいい薬だったかも……

賀川:負けたショックよりも、やっぱり自分たちは自分たちの走るサッカー、つなぐサッカーをしようと思っただろうね。イングランド戦は中盤のプレッシャーから長いボールが多かった。自分たちの流儀で攻めて点を取ることが重要だと感じたのだろう。

――立ち直ってドイツ相手にしっかり食いついてゆきましたね。

賀川:ドイツの方は、開催国で強い強いといわれていたから「優勝」がプレッシャーになっていたのだろうと推察される。1974年の男子のワールドカップのときも、72年の欧州選手権(EURO)を制覇していた(70年W杯も3位)西ドイツは、大会の前半は動きも良くなくて1次リーグで東ドイツに負けたくらいだからね。

――西ドイツには、皇帝ベッケンバウアー・キャプテンがいました。

賀川:今度の女子代表はどうだったのかナ。日本には澤キャプテンがいて、皆が本当に一丸となった。相手の長身のCFにもしっかり背後からマークし、シュートされてもコースを押さえるようにしていた。身長差で高いボールのヘディングは勝てなくとも、しっかり寄せてジャンプしていたから相手のヘディングシュートは狙い通りには飛ばなかった。


【つづく】

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新コーナー「コパ・アメリカの旅 ~1987南米サッカー選手権~」公開

2011/07/09(土)

熱戦が繰り広げられているコパ・アメリカにちなみ、
新コーナー「コパ・アメリカの旅 ~1987南米サッカー選手権~ を新たに公開しましたnew
賀川浩が初めて取材した南米選手権、1987年アルゼンチン大会のコラムです。

第1回 南米で見る、南米同士の試合。技巧的で、格闘的で、ファウル連発も辞さない壮絶さだった
第2回 ロサリオよりもコルドバ。平坦なブエノスと違った趣がある町の空気を知りたかった
第3回 巨大スケールのトレセン構想。不調のアルゼンチン、それでもマラドーナの技はさえる!
第4回 少年の日に読んだW・H・ハドソン。広い平坦な空間の感覚がいまもわたしの心に残っていた
第5回 ウルグアイ対アルゼンチンは南米で最もクラシックで歴史的な対戦の一つである
第6回 心とリュックの中身を整理する仕事は、この旅シリーズが終わってもしばらく続く



※このコラムは『サッカーマガジン』1988年3~8月号に掲載されました

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大谷四郎著作『ワールドクラスへの道 ~「世界」へ悠々と急げ~』更新

2011/07/02(土)

賀川浩の先輩である、大谷四郎さんの著作『ワールドクラスへの道 ~「世界」へ悠々と急げ~』に3話追加!

ドリブルでの戦術的要請
続・ドリブルでの戦術的要請
ドリブルの使い方


※この書きものは、1977~80年にサッカーマガジンに掲載されたものです

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新潟、浦和、磐田の選手情報を更新 ~賀川サッカーライブラリー~

2011/07/01(金)

アルビレックス新潟浦和レッズジュビロ磐田の出場選手データを更新しました!

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平木隆三に写真を追加 ~日本サッカーアーカイブ~

2011/07/01(金)

人物史:元日本代表キャプテン、平木隆三にメルボルン・オリンピックの写真を追加newしました

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