« 2011年1月 | トップページ | 2011年3月 »

2011年2月

AFCアジアカップ カタール2011 日本4度目の優勝から(下)

2011/02/09(水)

――延長に入って、ザッケローニ監督は前田遼一に代えて李忠成を送りこみました。

賀川:前田はこの日、惜しいシュートチャンスを逃していた。彼は攻撃だけでなく守備でもとても働いた。ヘディングの強い彼は相手のCK、FKのときは守備でもその高さが大事な武器だからね。その高さを失うのは冒険ではあったとザッケローニ監督は試合後に語っていたが、目いっぱい働いた前田に代えて新しい戦力を送りこんだ。

――それが当たりました。

賀川:このゴールは、まず日本の攻撃のCKのあと、相手GKが前方へキックし、それを日本側が取ったところから始まった。
 本田圭佑が長友佑都にパスを送り、長友がタテへ仕掛けるドリブルを見せておいて後方へ戻った。相手のDFルーク・ウィルクシャールーカス・ニール主将も遠い間合いにいた。
(1)そこで長友はボールを後方の遠藤保仁に渡し、
(2)遠藤はまた後ろの今野泰幸にパスをした。
(3)今野はちょっと右へ出すと見せてターンし、また左タッチ際の遠藤に戻す。
(4)遠藤はまっすぐタッチラインに沿ったパスを長友に送る。
(5)長友はゆっくりキープする形から一気にウィルクシャーを縦に外し、
(6)左足でゴール前中央へクロスを送った。
(7)そのゴール正面、エリア中央に李がいた。
(8)ノーマークで文句のないパスだったが、李はそれをボレーで見事に捉えた。

 名手と言われたGKマーク・シュウォーツァーも防ぎようのないシュートだった。

――李の近くに、相手選手は誰もいませんでした。

賀川:遠藤と今野のパス交換の間にボールに視線が行って、李がマークを外す動きをしたのを見ていなかったのだろう。ここらが遠藤のタイミングの取り方のうまさだろうネ。

――大会MVPを受賞した本田が、遠藤のうまさについて話していましたね。

賀川:チーム全体も、また、日本のサッカーファンは遠藤のタイミングあるいは攻撃テンポというものについての理解をするようになっているのでしょう。
 それにしても、フィニッシュへ持ってゆく長友のクロスも李のシュートもパーフェクトだった。色々反省点はあっても、こういうゴールを生み出せるようになったチームを見るのはとても楽しいことですヨ。

【了】

固定リンク | 日本代表 | コメント (1) | トラックバック (0)


AFCアジアカップ カタール2011 日本4度目の優勝から(上)

2011/02/08(火)

――今回は決勝の話の続きをお願いします。
決勝で98分、つまり延長前半8分に李忠成前田遼一に代わって入り、その彼が延長後半4分にすごいシュートを決め、これが決勝ゴールとなりました。

賀川:大陸大会の決勝ゴールでは、1988年のマルコ・ファンバステン(オランダ)の対ソ連戦の右からのボレーシュートが歴史に残るビューティフルゴールと言われている。李忠成のボレーもその美しさで並ぶだろうね。アジアでもこうしたプレーが生まれるということを世界に見せたという点でも嬉しいことだ。

――ファンバステンはゆったりとした大きな構えのボレーシュート。李は歯切れのいいボレーでしたね。

賀川:天下のファンバステンに李が肩を並べたとは言わないが、この決勝の舞台でのシュートの成功は、彼にとって大きな自信になるでしょう。

――それにしても、長友佑都の左からの崩しが素晴らしかった。

賀川:これは試合途中のメンバー交代と配置がえが成功した。

――テレビの解説でも、新聞でもそういっていましたね。しかし逆の見方をすれば、はじめのメンバー編成がおかしかった? とも言えませんか。賀川さんはオーストラリア相手にCDFは2枚とも長身を持ってこないと――と、前日にも言っていました。

賀川:今野泰幸は178cmでヘディングそのものは上手だが、190cm近い相手になると身長差を補うのは大変ですヨ。まあ監督さんは様子を見て岩政大樹(178cm)に代えようと思っていたのだろうネ。勝ってきたメンバーをいじるのは難しいし、攻撃に自信もあったのだろう。

――その攻めで、負傷の香川の代わりに藤本淳吾をスターティングメンバーにしました。しかしうまくゆかなかった。

賀川:サッカーは面白いもので、始まって早々のオーストラリアの攻撃でゴール前左でのマット・マッカイのシュートが外れた。左利きの彼はこの日のラストチャンスのFKをはじめシュートを全て失敗した。まあ、そういう点では運がよかったとも言える。ケーヒルとキューウェルというヘディングが強くシュートも上手い2人を何とか押さえたが、そのコボレを拾う役のプレーヤーのシュートが全部上手くゆかなかったのだから――。

――まあ、そういう危ないところもありましたが、後半に入って11分に岩政大樹を藤本に代えて送り込み、今野を左DFに置いて長友を左の前へ出し、岡崎慎司を右サイドに移しました。

賀川:そう。つまりケガで離脱した香川のポジションに長友を置いて、CDFを吉田麻也と岩政の長身の2人にし、左DFに今野を置いた。これでいい構成になった。

――もっともその前に、いったん岩政がピッチに入ろうとして止めてしまいました。ポジションに関して、選手の中から異論が出たということでした。

賀川:試合の後で今野自身が語ったところによると、岩政を藤本に代え、今野はボランチの位置へという指示が出たが、それに対して今野はここしばらくボランチをやっていないから無理だと言い、それを知った長谷部誠キャプテンが監督に伝えたらしい。

――今野には、ケガで無理だというのもあったようですね。そこでちょっと時間をおいて、監督は長友を前へ上げ、今野は左DFということになったのですね。

賀川:この配置がズバリと当たった。この日の長友は相手の右サイドに対してずーっと優位に立っていた。オーストラリア全体に疲れが見え始めてからは、特にここの有利がはっきりしていた。

――それまでに何度もピンチがありました。それをGK川島永嗣をはじめ全員の頑張りで何とかしのいでファインゴールにつないだ。本田圭佑も見ていて痛々しいほどの疲れようでしたが……。

賀川:皆で何とか防げば自分たちのチームはチャンスに点を取れると思っていたのだろうネ。後半17分と21分に“長友効果”のチャンスがあった。21分の長友からのクロスを岡崎がヘディングしたシーンは、岡崎の十八番。右へ外れはしたが……。

【つづく】

固定リンク | 日本代表 | コメント (0) | トラックバック (0)


AFCアジアカップ カタール2011 日本代表4度目の優勝(下)

2011/02/03(木)

――そういえば、賀川さんは内田篤人には厳しい見方をしますよね。

賀川:彼の資質からいけば、もっと上へゆけますヨ。

――ふーん。

賀川:スピードがあり、ボールテクニックがあるのだから、それを生かすための体の強さをつけなければならないのにそのままだった。ドイツへ行って、そのことの大切さを知ったと思う。テクニックにしても、彼ならもっと精密なプレーができるハズですヨ。

――その内田(出場停止)に代わって出場した伊野波雅彦カタール戦で逆転ゴールを挙げました。

賀川:バックラインにそうした変化と進歩があって、ボランチの長谷部誠キャプテンと遠藤保仁の二人が素晴らしい働きだった。南アフリカでもしっかりプレーしたが、この大会の二人の仕事にもまたまた感嘆した。

――二人のポジショニングのうまさで、DFラインは相手を囲んでとることができたし、攻めでもいいパスを出すだけでなくトップへ走り上がる見事な動きも見せました。

賀川:遠藤は彼の持つ独特の“間(ま)”の取り方で日本の攻撃に余裕を持たせるとともに相手のDFを「立ち止まらせる」という効果があるのだが、どうやら代表選手たちの間でそのことの理解が深まってきたようにも見えた。

――それも今度の収穫といえますね。

賀川:攻撃では先に話した香川という新しい力が加わり、前田遼一もレギュラーとなった。シリア戦の途中から(香川に代わって)ピッチに立った岡崎慎司が自分の粘りでPKを獲得(本田圭佑が決めた)して調子が上がり、第3戦の対サウジでハットトリック、そのあとは負傷(右太もも肉離れ)の松井大輔に代わって攻撃陣で頑張った。前田もサウジ戦で得点している。

――サウジがグループリーグ敗退が決まって元気がなかったこともありましたが……

賀川:こういうときでも手を抜かずプレーし続けたし、監督も控えを実戦に使えた。
 そして何よりこの大会では本田圭佑のラストパス――フィニッシュにつながるパスの能力を見ることができたのはとても良かった。彼も香川と同じようにこの大会でベストのプレーとはいえなかったが、それでも突破のドリブルやシュート、FKとは別に、プレーメークの才をタイトルマッチのなかで発揮したのは大したものですヨ。

――それぞれの具体的な事例は、次の機会に聞かせてもらいましょう。

【了】

固定リンク | 日本代表 | コメント (0) | トラックバック (0)


AFCアジアカップ カタール2011 日本代表4度目の優勝(上)

2011/02/02(水)

――日本代表のアジアカップ優勝で、日本中が沸き立ったという感じですね。

賀川:大相撲が終わったあと、ビッグスポーツの空白期だったからね。同じ時期にあたったラグビーのトップリーグやスキーがちょっと気の毒な感じもしたが、アジアの大会でこれだけメディアも取り上げ、多くの人がテレビを見たのも初めてでしょう。

――地上波のABCは、準決勝の対韓国が34.2%、決勝の対オーストラリアが33.5%(瞬間最高39.2%、いずれも関西)。放送局としてはビッグヒットでした。

賀川:ワールドカップは各局の抽選だったが、今度は朝日放送が日本の全試合を中継した。狙いが当たったことになる。面白かったのは、次の日のどこかの番組でタレントの爆笑問題の太田クンが「サッカーあったの、知らなかった」と言って、それこそ爆笑をとっていた。

――サッカーを見なかった、ということがお笑いのネタになると。

賀川:私たち古い世代の人間にはまさに隔世の感というところだ。ワールドカップで各地を歩いて、その土地土地で一つの国がこんなにサッカー漬けになるとき、サッカー嫌いはどうするのカナと思ったことがあった。

――日本にもそういう時期が来ましたかね?

賀川:いや、それはまだまだでしょう。ただし、昨年のワールドカップでの頑張りや、今度のようなことで、これまでより多くの人が関心を持ち面白いと感じてくれることが嬉しいし、サッカーの発展やさらなる浸透に大切ですヨ。

――ヒヤヒヤする試合の連続で勝ち上がっていったということは、それだけ、一つ間違えば負けていたことになります。その点の反省は?

賀川:もちろんそうだが、勝負事は苦難を乗り越えて勝つことが大事だからね。

――話はちょっと違いますが、この間、1月27日にサロン2002の集まりで神戸一中の話をしたでしょう。考えてみれば、11年間に7回も全国大会に勝ったからこそ歴史の上でも話題になるわけですね。

賀川:60年も70年も前の話で、全国中等学校選手権(現・全国高校選手権)といっても参加校は少なく、兵庫県の予選と全国大会と、どれもノックアウトシステムだから合計8試合を勝ち上がれば優勝です。いまなら8試合勝って兵庫の決勝でしょう。しかし毎年のように1敗もせず8試合勝ち抜くというのは一つの学校クラブとしてそう出来ることではないでしょう。
 日本代表に話を戻すと、もちろん反省点はいくらでもある。チームの進化のために、それを振り返り修正することも大事だが、ボクは今回の日本代表が岡田武史の南アフリカ16強入りのチームからさらに前へ進んでいることが嬉しい。

――というと?

賀川:右足小指の付け根を骨折して決勝には出られなかった香川真司にしても、南アフリカ大会ではプレーしていない。彼が代表に加わったことでボールキープできるところが一つ増えたわけでしょう。もちろん個人での突破という手も増えた。
 また、中澤佑二と田中マルクス闘莉王という二人のベテラン長身CDFが不参加だったが、吉田麻也岩政大樹が、最後はオーストラリアの高さに対応できることを示した。今野泰幸は南アフリカでは故障もあって働けなかったが、今度の監督は大会の前半は岩政を控えにして吉田と今野をCDFにした。今野は身長178センチで高い方ではないが、総合的な守備力では優れているから何とかもってきた。それに長友佑都がイタリアで自信をつけ、内田篤人も進歩した。

【つづく】

固定リンク | 日本代表 | コメント (0) | トラックバック (0)


« 2011年1月 | トップページ | 2011年3月 »