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赤トンボと号隊始末記(下)

2010/08/15(日)

※この記事は、航空碑奉賛会 発行 『続・陸軍航空の鎮魂』に寄稿したものです


◆待機と西瓜とソ連の侵入

 7月はじめに5航軍の合同演習があり、迎陽から2隊が参加した。平壌からの4式戦と交会して、その援護のもとに仁川(インチョン)沖の仮想敵に突撃するとの想定だった。巡航130キロの“黒トンボ”を援護する高速の戦闘機は行ったり来たり苦心したらしい。
 この合同演習で訓練は終了した。7月半ばから山中の掩体壕(えんたいごう)に機を隠してもっぱら整備と待機の日々となった。

 展開命令を待つだけの生活は辛いものだった。内地の空襲激化(神戸のわが家も6月5日に焼失した)、敗色濃厚の戦勢の折りに、北朝鮮の片田舎の木陰で無為にすごす焦燥感は胃が痛むほどだった。海州に住む河野さん夫人がそんなある日に西瓜を持って掩体まで来て下さった。食べられないハズの西瓜の味は格別だった。
 そんな2週間が経ち、8月になれば一線基地(川上隊は木浦)へ展開すると知らされた。そしてジュバン、袴下から越中フンドシまでの新品と、菊のご紋章入りのタバコを一人3本ずつ支給された。海州の女学生からの血染めの「必沈」のハチマキももらった。

 8月9日にソ連軍が満州に侵入してから、わたしたちは、同じ兵舎の端にある通信班室でもっぱら情報を取るのに忙しかった。満州にいる飛行隊がどんどん北朝鮮へ下がってくると聞いた。やがて「局地防御ニ任ズベシ」が出て、敵が来たら反撃せよだナと解した。則安少佐が京城から飛来して「5航軍の目標はあくまで太平洋にあり」と伝えた。そんな騒然たるなかで、8月15日終戦を迎えたのだった。
 かくして6人の戦隊、413飛行隊以下12隊はわずか2ヶ月で、ついに一度も戦わず(一度戦えば全滅するわけだが)に解散し、迎陽飛行場の先任将校である瀬川少佐の指揮下に入り、内地帰還の体制をとることになる。その象徴的な事件が8月16日夜の先陣争いだったと思う(あるいは17日であったかも)。


◆陸軍航空の全人教育に感謝

 昭和19年6月1日から20年10月に復員するまで、ほんのわずかな期間だった。それもほとんどが教育訓練だったから、わたしは陸軍航空の一部をチラリと見たにすぎない。
 この短期間にわたしは多くの優れた人たちに会えたことは実に幸いだった。
 金丸原分校での地上教育で接した相良、鯉淵両区隊長、幹候7期の相良晃少尉は入校して間もないある朝、われわれが起床ラッパから点呼までの間、あわただしく毛布を畳んでいるとき、熱発で寝たままの戦友を、そのままにしていたのを指摘し、「毛布のホコリのなかで、どうして戦友の顔に手拭くらいをかけてやらないのか。この見習士官の母親が見たらどう思うか」と注意された。
 二人の区隊長の全人教育に接した2ヶ月で、わたしは陸軍の良い面だけを体で受け止めた。

 そのあとも、今から思えば、あの若さでと感心するいい教官や隊長、それに同期生に恵まれた。壬生では2次教育になってから各自の持参した書物を本箱に入れ、休務日には鍵を開けて取り出し読むことができた。当時の日誌にギリシャ人とギリシャ哲学(出隆)正法眼蔵釈意巻一(橋田邦彦)などを読んだとある。そういう自由を与えてくれた教官に、今も頭が下がる。静岡高校から来て、壬生にいる間に東大の入学通知をもらって喜ぶ長塚隆二や国学院から来た井之口章次の、自分のやろうとしている学問への熱意に感銘を受けたのもこのころだった。

 川上少尉は、学生時代から知られたアルピニストだった。あの操縦ぶりから見て、慎重で大胆なクライマーだったと思われる。爆装飛行は少尉がテストしその諸元を各隊が参考したのだった。川上少尉の明るい性格、ぞんざいなようで細かな心配りのおかげで、うちの隊は6人兄弟の一家のようだった。
 瀬川少佐は最高の軍人だった。敗戦のあと教育隊と、と号隊を合わせた100何人かが、一つの隊として整然とした行動で復員できたのは少佐の力量だった。釜山港の所持品検査で多くが時計を米軍兵士に没収されたが、少佐は免れた。そのわけは「アメリカ人はヨメさんが怖い。ボクのこの時計はワイフからのプレゼントだと言ったんだ」と。
 僚友の後藤明には感謝の言葉もない。面倒見の良い彼は整備関係者の心もつかんでいた。おかげで413の各機の整備は満点に近く、事故は一度もなかった。

(と413隊・見習士官)【了】


(航空碑奉賛会 『続・陸軍航空の鎮魂』 昭和57年4月発行 より)

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