« バンクーバーの冬季五輪。フィギアスケート佐藤コーチの殿堂入り(上) | トップページ | 85歳のリハビリ(上) »

バンクーバーの冬季五輪。フィギアスケート佐藤コーチの殿堂入り(下)

2010/02/24(水)

※バンクーバーの冬季五輪。フィギアスケート佐藤コーチの殿堂入り(上)はこちら


Img004
新聞社の企画で対談する佐藤久美子(写真左、旧姓・大川)と平松純子(右、旧姓・上野)


賀川:佐藤信夫コーチは、彼が中学校のときに日本チャンピオンとなったころから取材していたから、いわば“信夫ちゃん”のころから知っていますヨ。夫人の久美子さんは、これも大川久美ちゃんといった小学生のころからのつきあい。2人が結婚し、その娘さんの佐藤有香さんが世界チャンピオンになった。信夫クンはいまは小塚崇彦選手のコーチで、テレビによると、有香さんが振付をしたそうだ。

――ずいぶん詳しいですね。

賀川:信夫クンは68歳で、今度の大会の前に世界フィギュアスケートの殿堂入りしたということだ。彼は1965年の世界選手権で日本人男子としては初めて4位に入った選手。そのとき彼は3回転ジャンプに成功したのだが、当時では世界で4人目くらいだったハズだ。信夫クンはスケーティングが上手でね、トリプルジャンプも着氷した後の滑りがとてもきれいだった。彼が大阪のリンクで何度も練習を繰り返していたのを見ていたヨ。

――ふーん。小塚選手の4回転も、そういう伝統の流れがあるわけだ。

賀川:彼の世代に日本のフィギュアが大幅にレベルアップして、そこからしばらく中断期があった。いまのトップクラスの充実でフィギュア日本などと言われるようになったのも、戦後の彼らの世代が世界に一つのステップを刻んだからですヨ。

――サッカー発展の歴史も面白いですが、フィギュアはサッカーほどの広がりはなくても、やはり先人たちの努力があるのですね。

賀川:稲田さんのお弟子さんに上野純子、福原美和たちがいて、稲田さんより少し若い山下艶子(やました・つやこ)さんのお弟子さんが佐藤信夫、大川久美子といったふうに続いている。信夫クンと同じころに名古屋には小塚一家がいて、このファミリーが中京のスケートの基盤となり、伊藤みどりさん、いまの浅田真央ちゃんなどに続いているのですヨ。ここに名前を出した以外にも、たくさんの先人たちによってフィギュアスケートの今日の隆盛が築かれたことは覚えておきたいネ。

――ものには始まりがあり、継承がある。サッカーもスケートも一緒ですね。


【了】

固定リンク | スポーツ全般 | コメント (0) | トラックバック (0)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: バンクーバーの冬季五輪。フィギアスケート佐藤コーチの殿堂入り(下):

コメント

コメントを書く