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~得点への意欲が強まり、第2戦でそれがスコアに表れたのは何より。憲剛をはじめイレブンのレベルアップへの努力に期待~
――中村憲剛を一つの例として、日本サッカーの得点力アップの可能性を話してもらったのですが、遠征全体としては?
賀川:DFで岩政大樹をケガで使えなかったこと、新しいところでは森本貴幸も登場できなかったのは惜しい。
オランダはかつてのファンバステンやライカールト、ルート・フリットといった超大物はいないが、粒のそろったいいチームだった。プライドの高い彼らが、はじめのうち日本のメチャメチャに走り回るやり方に対応できずイライラしてファウルするのが面白かった。ただし、日本選手には気の毒。俊輔も足をやられたのだからネ。ああいうときに先制ゴールを挙げるためには、動きの落ちたガーナを相手に点を取るのとは少し違う。そのための攻めの仕掛けにも、シュートへの入り方にも、もっと積極的で、もっと賢くなくてはならない。ヨーロッパ人のいう“キツネのように”というプレーですヨ。
――騙すわけですね。
賀川:それも難しいことではない。攻め込んだら、まずボールが来たらシュートする、点を取ろうという気になること。その“気”に相手も反応する。そこでパスが生きるわけだ。はじめからパスの経路を探せば相手はすぐに見破るから……。もちろん、実績あるストライカーがいれば、それだけでも相手に威圧感を与えるけれど、いまはそうはゆかない。
――だから、相手が面食らっている間にゴールする、と。
賀川:そういうこともある。岡崎慎司という“飛び込み”型が一人定着した。シュートへのリバウンドやこぼれ球も狙える。もちろん、シュート力そのものも、いまの若いうちに向上してほしいネ。遠征で活躍できた者も、遠征にゆけなかった者も、まだチャンスはあるし、10月のキリンチャレンジカップにはスコットランドとトーゴが来て相手をしてくれる。その前にアジアカップ予選の対香港もある。
――秋はいよいよ楽しくなりますね。ヨーロッパの秋も楽しみ。レアル・マドリードもバルサもすごいですよね。
賀川:プレミアリーグも面白いし、いいサッカーを見られるけれど、そのヨーロッパで中村俊輔がなぜ尊敬されているか、本田圭佑が注目されているかをもう一度考えて欲しい。
――二人とも左利きですが……
賀川:右足、左足はともかく、共通していることはキックの上手さですヨ。本田は若いときから左足で強い球を蹴れた。浮かせるキックもしていた。俊輔については皆さんご存じのとおり。自分のキックの型を持っていて、それがチームの役に立つと、二人とも認められている。もちろん他にいくつも上手なところもあるが、まず基盤となっているのはキックですヨ。
――シュートを含めて、キック全般のレベルを上げろということですね。
【了】
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~得点への意欲が強まり、第2戦でそれがスコアに表れたのは何より。憲剛をはじめイレブンのレベルアップへの努力に期待~
――Jリーグの得点ランキングで、今年はともかく、ずーっと外国人が10位までのほとんどを占めていました。
賀川:今年、日本選手の名が増えてきたのは良いことですヨ。一番大切なのは、日本人はストライカーに向いていないなどと決めてしまうことだ。
――でも、外国の多くのストライカーは少年期からすでに頭角を現している人が多いでしょう?
賀川:私がいまサッカーマガジンで連載している「我が心のゴールハンター ~ストライカーの記憶~」で取り上げている世界のトップクラスは、それぞれ特色はあっても、たいてい少年期からストライカーとして注目されていたことは確かだネ。
――とすれば、いまの日本には……
賀川:確かに、釜本邦茂に比べると中村憲剛はストライカーとしての素材の上では見劣りするかもしれない。しかし、彼のように広く動いて守りも懸命にこなし、中盤でもゴール前でもいいパスを出し、しかもここというチャンスのポイントへ走り込んでゆく選手はこれもまたストライカーとしての大きな素質ですヨ。
――せっかく、そのいい位置へ入ってボールを受けても、そこでシュートに失敗してはね。
賀川:そう、しかしその位置へ入り込んでシュートを決めることができなくても、彼はまたそこへ攻め込んで点を取りに行っている。そのことが一番大切なんですヨ。
――ゴールへの意欲ですか。
賀川:意欲があれば練習をする。いまの日本選手の多くは少年期にボールを蹴っている回数が少ないようにみえる。憲剛も年齢からいけばもっと早くにシュートの型を身につけておくべきだったが、技術というものは年齢(とし)をとってからでも上達し、試合に間に合うものです。私は1990年のW杯でドイツのローター・マテウス(主将)が左ですごいシュートをするのを見、驚いたことがある。彼が後に語ったところによると、バイエルン・ミュンヘンからイタリアへ移ってから左で蹴ることを練習し、上達したと言っていた。
――へぇー、そういうこともあるわけだ。キックやヘディングの上達は練習の回数に比例するといいますね。
賀川:いい位置へ上がって点を取れなかったときの悔しさは、中村憲剛は身にしみているハズで、だからこそ練習を積んでいるのだと思う。最近サッカーマガジンで大分のウェズレイの話を読んだが、彼は名古屋時代からずっと体の使い方やボールの押さえ方など注目していたプレーヤーだった。彼の話によると、ウェズレイはもともとブラジルではMF、ボランチだったらしい。日本でFWをやれと言われて、点取り屋になったということですヨ。いわばプレーヤーとして若いときからストライカーであったのでなくて、経験を重ねてからポジションが変わり、自分の仕事としてポジションプレーに取り組んだということ。それが外国人として100得点の記録となった。
――そういえば、川崎フロンターレのジュニーニョにも同じ話がありましたね。
賀川:彼はパスが上手い。組み立てやドリブルに特徴があるとされていたが、やはり得点しようとシュート練習を繰り返してきたし、いまも続けているそうだヨ。
だから大切なのはゴールへの意欲、シュートの練習で、このことに気付いてもっと練習すれば成果はあがるはずです。
――オランダ戦でノーゴール、ガーナ戦でも45分は無得点だった日本の遠征シリーズ最初のゴールが、中村憲剛の走り上がってのシュートでしたね。
賀川:この試合でも、前半に惜しいチャンスを失敗したが、それにもくじけずにゴールを目指したところがいい。当然、こういうノッているときは失敗についても反省し、工夫し、練習するものですヨ。
――皆が憲剛のようにひたむきに――ということですね。
賀川:これから半年間、もちろんW杯本大会まで短いようで長くもあるから、コンディショニングは充分考えなくてはいけないけれど、自分の技術や体力の向上を個人が心がければ、自身もそうだしチーム全体も伸びる。
――長友佑都の対ガーナ戦、後半の動きはすごかったですからね。
賀川:体力があるのは本人も自分の特色と思っているハズ。サイドの選手というのはそうでなくてはね。イケると見て積極的に突っかけていった。チーム2点目の玉田圭司のシュートは彼のパスからだった。もっとも、相手がフラフラであまりにも上手くゆきすぎた感はあるが……。それも気迫、意欲のおかげですヨ。
【つづく】
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~得点への意欲が強まり、第2戦でそれがスコアに表れたのは何より。憲剛をはじめイレブンのレベルアップへの努力に期待~
賀川:1974年のW杯の決勝(西ドイツ対オランダ)で、私は西ドイツ側の大ピンチを見た。
相手陣内へボールを持ち上がったDFのフォクツがつぶされ、ヨハン・クライフがドリブルしてフランツ・ベッケンバウアーに向かい、左にはヨニー・レップが展開していた。対応する西ドイツ側は、DFはベッケンバウアー一人だけ。もちろん、ゴールにはGKゼップ・マイヤーがいた。
ベッケンバウアーはゆっくりクライフと間合いを取りつつ(スタスタという感じで)後退し、クライフの突破をまず防いだ。クライフはレップにパスをして、レップがそれをシュートした。ペナルティエリア左角から少し入ったところだが、それを狙っていたGKマイヤーが飛び出して距離を縮め、シュートを止めた。ベッケンバウアーは1対1どころか1対2の場合を防いだんだからネ。もちろん、GKとの協力あってのことだが……。
――ちょっと話が上のレベルすぎる気もしますが……。まぁ、1対1なら負けて当然というのはダメ、1対2でも防ぎようがある、ということでしょうか。
賀川:昔から日本人は体格のこともあり――私はこれも、日本人全体のことでなくてサッカーを始める人が古い時代から中肉中背あるいは小柄な人が多かった、ということに原因があると思っている。この話をするとまた別のテーマになるからここでやめるがネ。
――ふぅん。その話も面白そうですが、なんとなく分かりますね。昔からサッカーは走り回るものという感じが強く、走れる子ども、すばしっこい少年、つまりあまり大柄でない小中学生が始めたという説を取れば。
賀川:それはともかく、古い時代、例えば1930年の第9回極東大会の日本対中華民国の試合経緯を見ても、こちらはパスをつないで攻め込み得点し、相手は大柄で足の速いCF(センターフォワード)の個人技でゴールして3-3だった。
1936年のベルリン・オリンピックのあの逆転劇も、体力・走力に優れたスウェーデンの左サイドのドリブル突破で崩され2点を奪われたあと、こちらは走り回ってパスをつないで3点を返して3-2で勝った。
1968年メキシコ・オリンピックの銅メダルのときの報告書も読んでいますが……
――40年前のですか?
賀川:当時のコーチ、岡野俊一郎さん(現・JFA最高顧問、IOC委員)の詳しい報告の中に、個人力では相手が上だったが組織力で3位になったとあるヨ。
――もう80年近く前から同じ流れの戦いをしているわけですね。
賀川:もちろん、その長い流れのなかに技術の進歩があり、走力アップがあり、世界のサッカーのレベルアップに日本も懸命についてきた。現在の代表は走力、テクニック、組織力などではアジアではトップ。それでも個人個人を比べると、サウジやオーストラリアの代表の中にいる優秀なプレーヤーとでは速さや強さで、さて1対1となるとしんどい場合がある。
――だから1対1の力もつけろ、と。
賀川:そのとおり。タックルのレンジを5センチ伸ばせるかといったことに努力すること、ヘディングのジャンプ力を高めることなど色々ありますヨ。
私の先輩のベルリン・オリンピック代表で天才といわれた右近徳太郎さんは肋木(ろくぼく=器械体操用具の一種。柱の間に等間隔に丸い横木を取り付けたもの)に体をぶつけて、競り合いや当たったときの粘りを自分で工夫し鍛えていたと本人から聞きました。
しかしそれも大事だが、同時に私が言いたいのは、得点力を増すことに努力する方がむしろ近道だし王道だと思う。
――そういえば、ベルリンでも3点、1930年でも3点を取った。メキシコ五輪の3位決定戦でも2点を先取したとよく言っていますよね。
賀川:1930年は当時国内でズバ抜けた点取り屋の手島志郎さん(故人)がいた。1936年にはシュートの名人といわれた川本泰三さん(故人)がいた。68年のメキシコは釜本邦茂がいた。釜本は関東大学リーグで早大1年のときから4年間、連続得点王だった。
大学リーグで彼の得点記録を新記録と発表しようとしたが、当時の早大の堀江忠男部長(ベルリン五輪代表)が、「川本の得点記録を調べてみないと、釜本の記録を新記録と断定はできない」とアドバイスしたことがあったナ。川本泰三さんはそれくらいの点取り屋だった。いまのように国際比較はできないけれど、やはりズバ抜けたゴールゲッターがいることは、強敵相手に組織攻撃を生かして戦うためには大事なことですヨ。
【つづく】
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~得点への意欲が強まり、第2戦でそれがスコアに表れたのは何より。憲剛をはじめイレブンのレベルアップへの努力に期待~
――オランダ遠征シリーズは第1戦が0-3、第2戦が4-3の逆転勝ちという結果が出ました。ご覧になりましたか?
賀川:現地で見たいと思ったが、テレビで我慢したよ。まあ日本にいて、外国での強化試合をテレビで見られるのだから本当にいい時代になったものですヨ。
――サッカーをめぐる環境がどんどん良くなってゆくのに、代表の進歩が目に見えて良くなる――とはゆかないという気もしますが……
賀川:そうかナ。いまの代表はずいぶん良くなってきていますヨ。もちろん、スタート地点が低かったからそんなに高いところまできているわけじゃない。多くのファンやコメンテイターには不満もあるでしょう。
――サッカーマガジンで、賀川さんはオランダ戦の後に中村憲剛に期待すると書いていましたね。
賀川:得点力に問題ありと言われている代表チームの中で、憲剛がここのところ点を取ろうという意欲を燃やしているように見える。自分の口からも、シュート練習をしているなどと言っているようだ。オランダ戦でも、決めることはできなかったが、シュート位置へ入り込んでシュートをしようとしている。その意欲を買ったのだヨ。
――いつも冷静な賀川さんにしてはめずらしく肩入れしていますね。
賀川:いま日本代表はプレッシングとボール奪取と多人数の速い動き、攻めへの絡みによってチャンスをつくることを考え、努力し、工夫して、それでワールドカップ(W杯)予選に勝ってアジアでトップクラスの座を保ってきた。岡田武史監督になってからも、この流儀で相当なレベルのチームを相手にしても通じ始めるようになった。
――ただしチャンスの割合に点が取れない、というのはあまり変わっていません。
賀川:一方では、アジア予選でもたびたび明らかになったように、相手に攻め込まれ、大事なところで1対1の対決となった場合に得点されることがあり、このことは今度のオランダ遠征2試合でも明らかになった。
オランダは個人力だけでなく組織プレーも上のレベルだから、そのボールの動かし方の上に個人力の差がつく。ガーナの場合は、Jリーグではほとんど無敵に見える中澤佑二が相手FWの突破力に上手く対応できなかった。
――DFの対応が“しんどい”ものだから、GKまでおかしくなった場合もありました。
賀川:ジーコ監督のときもそうだったし、トルシエのときも、あるいは第1次岡田武史監督のジャマイカ戦でも1対1の競り合いでやられ、その受け身の態勢がGKの心理や実際のプレーに影響したこともあった。
――まったく変わっていない、進歩がないわけでしょうか。
賀川:ディフェンダーというのは、失敗があってもそれが失点につながらないと痛い思いをしないことが多い。もちろん、サッカーの選手になるくらいだから負けず嫌いで1対1で抜かれたり、自分が奪われたことでピンチになったり、いったんタックルに行って取れそうになってから姿勢が崩れて相手にシュートを決められたり、といったことを経験すれば自分のどこに原因があるのかと反省して、それの対応に努力するハズなのだが……。
――この国のサッカーでは、点を取られたら「中盤であのとき俊輔が奪われたのがピンチのキッカケになって」とか「あのミスパスをカットされてコーナーキック(CK)を取られ、そこからやられた」などと、まず組織が綻びた原因から始まります。その1対1でやられた実際の場面についての検討が少ない。はじめから諦めているのかなぁ。
賀川:前線からのプレッシングが緩んだり、中盤でのミスで奪われたりすることの反省は大事ですヨ。それはそれで良いんだ。しかし、パスの失敗をなくすこと、失敗してもすぐピンチにならぬようにすること、トラッピングに習熟しスクリーニングの技術を高めることなど、日本代表になってもそれぞれのポジションで高める技術や自分の体の強化などを怠っていけないのは当然だが、中盤で俊輔がボールを奪われればすべてお終い、というわけではないんだから。
【つづく】
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ビジャレアル、アトレティコ・マドリードの09-10シーズン移籍情報
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日本サッカーの発展を強く願い、1910~20年代のその普及に大きく貢献したイギリス人横浜副領事、ウィリアム・ヘーグを公開![]()
ヘーグさんが提案・尽力した、イングランド協会から日本へのFA杯(銀杯)寄贈が、大日本蹴球協会(JFA)設立や現在の天皇杯――全国優勝競技会――開催へとつながりました。
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ユース世代から日本代表FWで活躍しながら、メキシコ五輪ではパサーにまわって5アシストを記録した、日本の銅メダル、釜本選手の得点王獲得のキーマンです。
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英語版日本サッカー人物史
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ベルリン五輪、スウェーデン逆転劇のキャプテン、竹内悌三を公開しました![]()
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日本のレフェリーの国際舞台への第一歩を記した、村形繁明国際審判員を追加
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