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38年前の6月に

2007/05/01(火)

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写真左 :バイスバイラー監督(右)のドイツ語のスピーチをシュロッツ・コーチが英語に訳した
写真中央:シュロッツ・コーチの実技指導
写真右 :トップチームのコーチが少年指導も上手にするところが、やはりドイツだと感心した

 1969年といえば、今年2007年から38年前のことになります。この年の6月に西ドイツから、ブンデスリーガの強チーム「ボルシア・メンヘングランドバッハ」が来日して日本代表と4試合を行ないました。

 6月15日の第1戦(国立)は3-1、第2戦(19日・広島)は1-1、第3戦(22日・長居)は2-0、最終戦(24日・国立)は1-0のスコア。日 本代表はこの前年の秋にメキシコオリンピックで銅メダルを獲得していたのですが、エースストライカーの釜本邦茂がこの年の5月に急性肝炎で入院し、試合に も出られなくなりました。

 そのころ私は関西サッカー協会の技術委員長だったので、バイスバイラーという有名な監督の来阪の機会に、彼を講師として指導者講習会を行ないたい――と JFAを通じて要請し、試合の前日に長居スタジアムでバイスバイラーのスピーチと、シュロッツ・コーチによる少年たちへの実技指導をしてもらいました。
 この写真はそのときのもの。メキシコ銅メダルの余韻と強国・西ドイツの強豪チームというので、長居は当時の収容力(2万人)いっぱいの盛況でした。

 試合の後で、バイスバイラーたちを北新地に案内。いろいろ面白い話を聞きましたが、2~3時間のその間に、彼が何度も「釜本を見たかったのに――」と繰 り返していたのが印象的でした。何年かのちに彼は奥寺康彦をケルンに引っ張りましたが、あるいはこのときの釜本にも、そうした考えを持っていたのかもしれ ません。

 この講習会には、大阪スポーツマンクラブにいた小学生たちが参加しました。彼らも今は立派な社会人になっていることでしょう。

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