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1941年 明治神宮大会 優待乗車券を見て

2006/10/19(木)

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「第12回明治神宮国民体育大会電車優待乗車券」と書かれた8.2cm×5.8cmの紙のカードが、私の戦前の日記にはさまれていた。

昭和16年の秋、当時、旧制神戸一中のサッカー部のチームが明治神宮大会に出場したとき、市電(都電というのは、もっと後になってから)の記念無料パスをもらったもの。
図柄を拡大してみると、明治神宮の鳥居やお社(やしろ)そして東京のシンボルともいうべき国会議事堂、11月3日にちなむ菊の花などが描かれている。

昭和天皇からいえば祖父にあたる明治天皇の誕生日・11月3日を、戦前では明治節と呼んで、祝日となっていた。そして明治神宮の外苑に設けられたスポーツ 施設で、11月3日をファイナルとする明治神宮国民体育大会が開かれていた。戦後はこれが国体となるのだが、サッカーは一般の部として昭和の初期からあ り、中等学校の部が加わったのは昭和14年(1939年)から。
私の兄・太郎(サッカー殿堂第2回掲額)は神戸一中でその14年大会に優勝している。

私のチームは1回戦で熊本師範に7-0、準決勝で青山師範に3-0。決勝は朝鮮地方代表、普成中学と2-2の引き分けで(延長なし)、両校が1位となった。

写真は準決勝の対青山師範戦前のイレブン。右から2人目が岩谷俊夫、その左が鴇田正憲、8人目が杉本茂夫(いずれも、のちの日本代表)左端が私。
このときの青山師範には、のちに教育大(筑波大)の監督を務めた太田哲男先生がいた。長身のCDFであった先生は、並外れて小さい私が目の下で走り回るのが奇妙な感じだったらしい。

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