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9・11のテロと流政之展と

2004/09/17(金)

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2000円の会費で1000人が集まったオープニングパーティー。
北海道の各地はもちろん、全国から流政之展を祝う人たちが集まった。
9月11日 札幌・北海道立近代美術館

◆Jリーグ第4節が各地で行なわれたが、私は、サッカー場でなくて、北海道・札幌の近代美術館に向かった。
◆1945年以来60年にわたってつき合いのある世界的な彫刻家・流政之(ながれまさゆき)さんの作品展のため。彼と私のことは、サッカーマガジンに連載した「マイ・フットボール・クロニクル」にも「ワールドカップの旅」などにも記したが、大戦中、海軍のパイロットであった兄・賀川太郎と同じ航空隊であったのが縁。世界的な名声を得た今も“放浪の作家”などと呼ばれるこの人とどこか通じるところがあったのか、芸術にうとい私も、彼の作品はいつも感嘆しながら、そのまま入りこめるところが自分でも不思議に思えるところ。

◆こんどの作品展は、彼の初期から現在までの作品が近代美術館にいわば一堂に会する素晴らしいものだが、第2会場ともいうべき大沼・流山温泉彫刻公園「ストーンクレージーの森」では駒ケ岳の雄大な風景と向き合う、自然石と流作品の数々に、改めて、この作家の「空間をつかむ感覚」の見事さを思い知ることができるし、さらに日本海に浮かぶ奥尻島・彫刻公園「北追岬」では、海原を前にした彫刻が、自然に譲らずしかも自然の中にひとつの “張り”を作っているのを見ることができる。

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大沼公園・流山温泉彫刻公園、ストーンクレージーの森で。
駒ケ岳(向こう側)のかつての噴火で落下した石を配列するとともに、
彫刻作品をも配置。
自然石を背に、右から富岡、賀川、本多。


◆この展覧会のおこりは、あの9・11のテロにある。
◆ニューヨークのワールド・トレード・センタービルが崩れ落ちたとき、流政之の作品、250トンの「雲の砦(くものとりで)Cloud Fortress」——1975年に7年がかりで完成させ、当時、世界の芸術家、批評家たちを驚嘆させた——は傷つきながら残っていたが、その直後の撤去作業のためにどこかへ運び去られてしまった。

◆その“雲の砦”のジュニアを作って、北海道へおこうという話になり、合わせて、この日から10月24日まで美術館と、二つの大きな野外会場で展覧会を開催することになったもの。

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三味線のバチをヒントにした作品「流れバチ」。
北海道のサッカーの振興を願って“勝ちバチ”と名付けられている。
(ストーンクレージーの森)


◆北海道の方言「ナンモサ」をそのままに、「NANMOSA 流政之展」と名付けられたこの大作品展が北海道で開かれるのは、ひとつには彼が北海道という風土、景観、空間と人を愛するからだろうが、同時に、北海道の多くの人たちが彼を信奉し、支え、彼の気持ちを北海道のものとして受けとるところにあったと思う。その中心のひとり、JR北海道のデザイン室長・勝見渥さんは、コンサドーレ札幌の熱烈ファンで、且、岡田武史(おかだ たけし)の札幌時代には言葉でいえないほどの気配りとバックアップをしてくれた人。
◆その縁で監督もまた流ファンになった。

◆ 大阪・伊丹空港発11時のANA775便に乗って、新千歳空港に着く。大阪からの作品展ツアーの人たちや、クラブハウスの本多克己社長、かつてのサンテレビの名プロデューサー富岡敬次郎さんたちと、ともにJR札幌駅前のホテルに荷物を置き、夕方のオープニングの会に出る。「雲の砦Jr.(ジュニア)」はニューヨークの、あの高層ビルの根もとに据えられたオリジナルの巨大さはないが、それだけに日本の風景に似合う美しさと優しさがみえるのが不思議だった。オープニングパーティーでは岡田監督からの祝電も披露された。
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“逢瀬(おうせ)の門”
駒ケ岳に向かい合い屹然(きつぜん)として立ちつつ、この石彫は見事に空間に融けこんでいる。左・富岡。右・本多。


◆パーティーで、札幌の「VANKEI FC」というクラブチームの真木幸三会長に声をかけられた。東洋工業のパスの名手、二村昭雄の友人でもあり「えり善真木呉服店」の経営者の真木さんは、滋賀県の近江八幡商業時代に覚えたサッカーに今もとりつかれていて、自分の土地にクラブのグラウンドをつくり、少年、大人を合わせ200人からの会員を持つNPO法人を運営している。パーティー後は同ご夫妻の案内で寿司店へ。北海道の美味しい魚を堪能した。

◆真木さんは、かつて私に流先生を紹介してもらったので、またまた世界が広くなったと喜んでいたが、この人は、2002年のワールドカップのときに、初めて私と札幌のホテルで知りあったとき、たまたまロビーへやってきたベッケンバウアーに久しぶりにあいさつし、真木さんを紹介したら、彼はちゃっかりベッケンバウアーといっしょに写真におさまり、その記念写真を年賀状にして、仲間から羨ましがられたというエピソードの持ち主。クラブの試合でケガをしてと杖をつきながら歩く、熟年のこの人のバイタリティーに感心しながら、こういう人が各地のサッカーを支えてくれている間に、日本サッカーのあらゆるランクをもうひとつ上にあげなければ—と改めて思うのだった。

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JR函館駅
流政之作・陶板壁画「きのうの敵はあすの友 箱館解放1868年」
明治維新のとき榎本武揚が共和国政府を樹立した1868年の函館と北海道の歴史に思いを馳せた作品。地域の歴史と生活を大切に思うこの作家は、それぞれの地域に根を下すスポーツをと考える賀川と若いころから通じるものがあった。

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