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日本代表 チームとしての呼吸のあったプレーをいくつか見た

2004/07/13(火)

 キリンカップサッカー2004
 7月9日(広島ビッグアーチ)19:20
 日本代表 3(1−0 2−1)1 スロバキア代表

【広島ビッグアーチの感慨】

◆ ドナウ河を旅して、その周辺の国々のサッカーを眺めてみたい。ずいぶん前からのこの願いは、まだかなえられずにいるが、今度のキリンカップサッカー 2004は、ドナウ流域の国からスロバキア代表とセルビア・モンテネグロ代表を招いて、日本代表との3チームによるラウンドロビンの大会となった。
◆その第1戦、広島ビッグアーチで7月9日夜に行われた日本代表対スロバキア代表の試合を見た。

◆“のぞみ”に乗れば新神戸から広島までは1時間13分。駅前からシャトルバスが往復1600円でビッグアーチへ運んでくれる。
◆アジア競技大会開催のために作られたこの立派なスタジアムは、ワールドカップ開催のときに、会場の条件である“屋根つき”にならなかった。埼玉、静岡とともに“サッカーどころ”として知られていた広島が、ついに2002年ワールドカップ開催地にならなかったのは、広島のサッカー人にとって、まことに残念だったに違いない。
◆しかし、なんといっても、これだけのスタジアムを作ったからこそ、アジア競技大会もアジア選手権も開催できた。アジア選手権の優勝が、1993年開幕のJリーグへの大きなバックアップとなったことを考えれば、やはりこのスタジアムには感謝しなければなるまい。そして、ここを本拠とするサンフレッチェ広島の若手育成の力——。途切れることなく各年代の日本代表に選手を送り出しているこの地のサッカー人の力には敬服のほかはない。

◆ 久しぶりにやって来たスタジアムでは思うことが多いが、場内に響くメンバー紹介のアナウンスに、こちらの気分も一気に試合にひきこまれていく。そのアナウンスでスタンドが最も大きな歓声を上げたのが中村俊輔だった。サンフレッチェでプレーした久保竜彦がこの場にいれば、どんなにファンは喜んだだろう——、と思った。

【中村のCK、福西のヘッド】

◆その久保を欠いた日本代表はスロバキア代表を3−1で破った。
◆例によって得点シーンを振り返りながら、試合の流れと、その中の一人ひとりのプレーに注目してみよう。

◆ 日本の先制ゴールは前半も終わろうとする44分。左CKを中村俊輔が蹴り、福西がヘディングで決めた。ニアポストより、ゴールエリアへの中村の見事な“パス”といえる左足のCKに、近い玉田が一番早くジャンプした。彼の背後、福西との間にいた相手のDFはボールを見失ったかもしれない。その後ろの福西も玉田につづいてジャンプ。俊輔のキックの出だしのところで自分のところへ来ると確信したのだろう(ジャンプしたらノーマークだったのでしめたと思った=試合後の福西の話)。ニアポストぎりぎりに、左下に叩き込んだ。
◆福西はボールを扱う姿勢の美しいプレーヤーで、ヘディングのジャンプのときも、真っすぐの美しい姿勢と、振りの小さい頭の叩きつけがいい。いまや伝説となった釜本邦茂だが、近頃はそのジャンプヘディングの美しく力強いフォームについて語るものは少ない。その釜本と同じ形の、福西の安定感あるヘディングは、それまでのスタンドの不満を一気に吹き消すものだった。
◆このCKのときは、中澤佑二と宮本恒靖の役割もあった。中澤の存在は——ボールはニアサイドの福西のものとなったが——そこに相手DFを警戒させていた。宮本はGKチョントファルスキーの前に立って(ファウルではなく)、巧みにGKのスタートを遅らせていた。

【チャンスでの集中力】

◆ それまでいくつかチャンスをつくりながらゴールできず、中頃からパスミスを拾われてピンチもあった。はじめは日本の早い動きに苦しんだスロバキアが、それに慣れ、シュートまでいくようになっていた。そのまま前半を終わっていれば相手側に元気づかせるところを、終了間際のここというCKをものにし、チーム全体の意思統一、ピッチ上のイレブンが「ア・ウン」の呼吸で役割を担い、果たせるようになっていることを見せた。

◆実はこの日、広島までやってきた私のお目当てのひとつは福西崇史にあった。
◆誰が見ても、もう一段上のランクに入れるプレーヤー福西が、そのキャリアと年齢からみて今年あたりに一皮むけてほしいと私は願っていて、5月に杉山隆一(メキシコ五輪銅メダル。磐田OB)と、そのことで話したこともあった。
◆前半16分に後方から飛び出して三都主—玉田—福西と渡ったボールを中へ入れ、鈴木のシュートを引き出し、また先制点の直後に、三都主の左サイドの突破からのパスを受けて左足ダイレクトシュートを放っている(GKセーブ)。まずは、福西が代表チームで積極性を出した。喜ぶべきプレーといえた。

◆例によってというべきか、日本代表はヨーロッパの中位以下のこのクラスにもゴールを奪われる。後半20分の右CKから、ゴール正面にいたバブニッチに見事なジャンプヘディングでGK川口の左足下を抜かれたもの。
◆13番をつけたジョフチャークの右足のキックが予想外のカーブと高さだったのか、宮本がジャンプヘッドを失敗し、バブニッチ(176cm)がノーマークの形になった。この失点の因となるCKは、右ハーフライン近くからのスローインを奪われ、そのあとバブニッチの右斜めへのドリブルで生まれたもの。奪われ方も問題はあるが、私はこのときのバブニッチの長いドリブルに、やはりこのクラスのチームにも、チャンスに自分のドリブルで仕掛けるヨーロッパのサッカーがあることを再認識した。

【好パス、好シュートの伏線】

◆同点ゴールの1分後に日本の2点目。これは、中央左よりのFKから三都主—中村—鈴木と渡って、鈴木がゴール右よりからシュートを決めた。
◆中村が三都主からボールを受け、ターンし、狭い空間を左足サイドキックのパスで通して鈴木のシュートチャンスを作ったこと。鈴木が、飛び出してくるGKに対して深い角度のシュートを、それも滑り込んでくるのを予想し、小さく浮かせて体や足に当たらないようにしたところが、ゴールにつながった。
◆ただし、中村のパスの伏線として、三都主の巧みなフェイクがある。FKを蹴る前に、ボールを両手で持ってゆっくりとプレースし、置いたボールを次の瞬間には蹴った。
◆彼から中村へのコースは、三都主の最も得意な角度だったから、急いで蹴ってもボールは狙いどおり、しかもバウンドをさせずに俊輔の足元へゆく。中村にとっては、こういうボールをもらえば、あとは何でもできる。
◆決定的なパスを出すプレーヤーに送る「何気ないパスが重要」というのは、1940年代から50年代前半にパスの名手といわれた、兄・太郎(第1、2回アジア大会代表)がよく口にした言葉だが、三都主の“芝居”つきの何気ないパスもまた、見事なチームプレーのひとつだった。

【労多きプレスが報われた3点目】

◆ 勢いづいた日本は、中澤祐二の飛び出しという場面もあり、スタンドは3点目を期待する。36分のこのゴールは、GKへのバックパスを追った柳沢が、そのボールを奪って決めるという、相手側からみればGKのミス以外の何物でもないだろうが、私は日本のラン・サッカー、プレス・サッカーの象徴だと思った。
◆GKチョントファルスキーがボールを受けたときに、すぐ蹴ってしまえばいいところを、ボールをまたぐフェイントといった余計なことをしたのが命取りになったが、これは、かつてのコロンビア代表GKイギータが90年ワールドカップでカメルーンのロジェ・ミラにボールを奪われたときと同じだった。
◆GKの責任も大きいが、そのGKへのバックパスの前に、スロバキアのDF間のパスに対して本山雅志が詰め、ついでタッチ際で三浦淳がプレスをかけて、GKへボールを戻さなければならぬように追い込んだところがポイントだった。ここでプレスをかけようという、新しくピッチに立った本山たちの呼吸が合ったところに3点目の意義があり、決めた柳沢に一番先に駆け寄った本山の顔には、協力しあった喜びがあふれていた。

◆ 「選手の自主」を強調するジーコのやり方に苦情の声も多かったが、選手達の間にチームとしての一体感が生まれはじめ、それがプレーの上にあらわれはじめている。中田英寿や稲本潤一、小野伸二たち、さらには売り出し中の久保もいないチームだが、日本代表はどうやら11人だけでなくその外側もひとつになっていることを思わせるスロバキア戦だった。
◆この一体感とチームプレーが、スロバキアより上の、現実にスロバキアを2−0で破ったセルビア・モンテネグロ戦でどうあらわれるかを見たいものだ。

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